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2018.06.13
【企業法務】物品運送の法改正について知っておくべき7つのこと
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
今年5月25日に、120年ぶりの改正となる商法(運送法・海商法)が公布されました。来年(公布から1年以内)の施行が予定されており、運送業務に関わる企業に、契約書や実務運用の点で、大きな影響を及ぼすと考えられます。
そこで、今回は、物品運送に関する法改正のポイントについてご紹介させていただきます。
1 危険物に関する荷送人の通知義務(新設)
荷送人(運送を依頼する者。荷主や、総合物流業者、フォワーダー、宅配業者などの運送取扱人)は、運送品が引火性、爆発性その他の危険性を有するものであるときは、その引渡しの前に、運送人に対し、次の情報を通知しなければなりません(改正商法第572条)。
その旨、
当該運送品の品名、
性質、
その他の当該運送品の安全な運送に必要な情報
現行法に規定はありませんでしたが、改正法で新設されました。
荷送人がこの通知義務を怠り、事故が起こった時、荷送人が損害賠償責任を負うおそれがあります。
※この規定は任意規定のため、契約で商法と異なる定めにすることができます。
2 高価品の損害についての運送人の責任
現行法では、荷送人が運送人に対し、運送を委託するにあたり、高価品であることを明告しなければ、運送人は損害賠償責任を負いませんでした(商法第578条)。
これに対し、改正法では、次の場合には、上記規律が適用されず、運送人が損害賠償義務を負わされる場合があります(改正商法第577条2項)。
物品運送契約の締結の当時、運送品が高価品であることを運送人が知っていたとき。
運送人の故意又は重大な過失によって高価品の滅失、損傷又は延着が生じたとき。
※この規定も任意規定のため、契約で商法と異なる定めにすることができます。
3 複合運送人の責任
陸上運送、海上運送又は航空運送のうち二以上の運送を一の契約で引き受けた場合における運送品の滅失等についての運送人の損害賠償の責任は、それぞれの運送においてその運送品の滅失等の原因が生じた場合に当該運送ごとに適用されることとなる日本国の法令又は日本国が締結し た条約の規定に従うことになります(改正商法第578条1項)
4 全部滅失の場合の荷受人の損害賠償請求権
現行法では、荷受人(運送された物品を引き受けた者)は、一部でも荷物が届かなければ請求できませんでした。
これに対し、改正法では、荷受人は、運送品の全部が滅失したときも、物品運送契約によって生じた荷送人の権利と同一の権利を取得するとして、損害賠償請求することができるようになります(改正商法第581条1項)。
なお、荷受人が運送品の引渡し又はその損害賠償の請求をしたときは、荷送人は、その権利を行使することができなくなります(同条2項)。
※この規定も任意規定のため、契約で商法と異なる定めにすることができます。
5 運送人の責任の消滅等
運送品の損傷又は一部滅失についての運送人の責任は、荷受人が異議をとどめないで運送品を受け取ったときは、消滅します。
ただし、運送品に直ちに発見することかができない損傷又は一部滅失があった場合において、荷受人が引渡しの日から2週間以内に運送人に対してその旨の通知を発したときは、この限りではありません(改正商法第584条1項)。
また、運送品の滅失等についての運送人の責任は、運送品の引渡しがされた日(運送品の全部滅失の場合には、その引渡しがされるべき日)から1年以内に裁判上の請求がされないときは、消滅します(改正商法第585条1項)。現行法の5年の商事消滅時効より大幅に短縮されましたので、ご注意ください。
なお、この期間は、運送品の滅失等による損害が発生した後に限り、合意により、延長することができます(同条2項)。
この規定は、運送品の滅失等についての、運送人の荷送人又は荷受人に対する不法行為による損害賠償の責任についても準用されます。
6 運送人の債権の消滅時効
運送人の荷送人又は荷受人に対する債権は、これを行使することができる時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します(改正商法第586条)
7 運送人の被用者の損害賠償責任
運送品の滅失等についての運送人の損害賠償の責任が免除され、又は軽減される場合は、その限度において、その運送品の滅失等についての運送人の被用者の荷送人又は荷受人に対する不法行為による損害賠償の責任も、減免されます(改正商法第588条1項)。
ただし、この規定は、運送人の被用者の故意又は重大な過失によって運送品の滅失等が生じたときは、適用されません(同条2項)。
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2018.06.06
【不正競争・損害賠償】製品のデータ改ざんを理由とする損害賠償請求
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
神戸製鋼所によるアルミや銅製品の品質データ改ざん問題について、強制捜査が行われました。検査データの数値を改ざんしたり、検査をせずに数値を捏造したりして、うその検査証明書を顧客に提出し、販売していたとのことです。
また、スバルでも、道路運送車両法の保安基準を満たしていない数値について、排ガス・燃費データの改ざんが行われていたようです。
このような行為は、商品の品質等について誤認させるような表示を禁じる不正競争防止法第2条1項第14号に違反する疑いがあります。
虚偽表示(誤認惹起行為)をした場合、刑事上、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金(又はこれらの併科)が科されるおそれがありますが(同法第21条第2項第1、5号)、民事上の損害賠償責任についてはどうでしょうか。
◆契約当事者の場合
データを改ざんした製造業者から、契約により直接製品の供給を受けていた業者は、その品質が契約内容になっている場合、製造業者に対し、契約の債務不履行(不完全履行)に基づき損害賠償請求することができます。
では、契約書上、どの程度の品質を満たす必要があるか明確に定められていない場合はどうでしょうか。
この場合、当事者が契約においていかなる品質のものを予定していたのか、当事者の意思を探求することになります。契約書上は定められていなくても、行政法規や業界のルールにおいて、品質基準が定められているような場合には、その品質を満たしていないと、債務不履行と評価される可能性が高いでしょう。
どの品質のものを引き渡すべきかが契約の内容及び性質に照らして定まらないときには、民法上、債務者は中等の品質のものを引き渡さなければならない旨の規定もありますが(第401条第1項)、まず当事者の意思解釈が先であり、この規定が適用される場合は少ないと考えられます。
◆契約当事者でない場合
製造業者と直接契約関係には立たないが、流通した製品に関し損害を被った者は、データを改ざんした製造業者に対し、不法行為(民法709条)あるいは製造物責任法第3条に基づき、損害賠償請求することが考えられます。
この点、原告であるマンションの販売会社が、マンションに用いる予定であった免震ゴムの欠陥のために、顧客との契約の解除及びそれに伴う違約金の支払を余儀なくされたなどとして、免震ゴムの製造業者(被告)に対し、不法行為等に基づき、約3億円の損害賠償請求をした事案では、免震ゴムの不適合の原因は、被告内部におけるデータの改ざんにあるのだから、被告が、故意又は過失により、原告のマンションの販売者としての法律上の利益を侵害したことは明らかであるとして、損害賠償請求を認容しています(東京地裁平成27年2月27日判決)。
ところで、製造業者からは、データの改ざんがあっても製品の安全性には問題がないと主張が考えられます。しかし、上記裁判例では、仮に客観的には安全性への有意な影響がないとしても、行政法規に対する不適合があれば、当該免震ゴムをそのまま使用してマンションを竣工させ、買主に引き渡すということは現実には不可能であるとして損害賠償請求を認めています。
◆競争関係にある事業者の場合
データを改ざんした製造業者と競争関係にある事業者は、誤認惹起行為(データ改ざん)により、「営業上の利益を侵害」された場合には、不正競争防止法第4条により損害賠償請求することができます。
この場合、損害額の推定等により、競争関係にある事業者の立証責任が軽減されています。
なお、一般消費者は、「営業上の利益を侵害」されることが考えられないため、原則として、不正競争防止法に基づく損害賠償の請求主体にはなりません。
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2018.06.05
定年退職後に再雇用された嘱託社員の賃金格差に関する最高裁判例
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
前回、正社員と非正社員の待遇差(賃金格差)が、労働契約法20条が禁じる「不合理な格差」にあたるかが争われた訴訟(ハマキョウレックス訴訟)の平成30年6月1日付最高裁判決をご紹介させていただきましたが、同日、最高裁では、同条に関するもう一つの判決がありました。
定年退職後に再雇用された嘱託社員が、正社員との待遇差が労働契約法20条に違反するとして争った長沢運輸訴訟の上告審判決です。
政府が平成28年12月に公表した指針案では、定年後に再雇用された非正社員については、判断基準が明記されていませんでしたが、当該判決により、定年後に再雇用された非正社員についても、労働契約法20条が適用されることが明確になりました。
もっとも、ハマキョウレックス訴訟では、正社員に支給されている手当の多くが、契約社員に支給されないのは不合理と判断されているのに対し、長沢運輸訴訟では、定年退職後に再雇用された嘱託社員と、正社員との待遇差の大半が容認されています。
どうして、このような違いが生じたのでしょうか。
今回は、長沢運輸訴訟に関する最高裁判決の概要をご紹介させていただきます。
なお、前提として、ハマキョウレックス訴訟に関するブログをご参照ください。
◆争点
上告人らは、いずれも被上告人(長沢運輸)と無期労働契約を締結し、バラセメントタンク車の乗務員として勤務していましたが、被上告人を定年退職した後、改めて被上告人と有期労働契約を締結し、それ以降もタンク車の乗務員として勤務している方たちです。
上告人らは、本件訴訟において、
①嘱託乗務員に対し、能率給及び職務給が支給されず、歩合給が支給されること、
②嘱託乗務員に対し、精勤手当、住宅手当、家族手当及び役付手当が支給されないこと、
③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること、
④嘱託乗務員に対して賞与が支給されないこと
が、嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違であり、労働契約法20条に違反すると主張していました。
◆最高裁判決の結論
これに対し、当該判決は、精勤手当及び超勤手当に係る労働条件の相違は労働契約法20条に違反するとして原審判決を破棄したものの、それ以外の労働条件の相違については、不合理なものとは言えず、同条に違反しないとした原審判決を維持しました。
◆判断の枠組み
当該判決は、ハマキョウレックス訴訟と同様、労働契約法20条について、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に、
職務の内容
当該職務の内容及び配置の変更の範囲
その他の事情
を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であるとしています。
その上で、「有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう『その他の事情』として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。」であると判示しています。
その理由として、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていないことや、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせは老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることを挙げています。
また、「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」とも判示しています。
個々の労働条件の判断については、直接判決文に当たっていただきたく存じますが、一点、賞与の不支給についてご説明させていただきます。
◆賞与の不支給について
当該判決は、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であるとはいえず、労働契約法20条に違反しない旨判示しています。
その理由として、以下の事情が総合考慮されています。
・嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けていること
・老齢厚生年金の支給を受けることが予定されていること
・その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されていること
・嘱託乗務員の賃金(年収)は、定年退職前の79%程度となることが想定されるものであること
・このように、嘱託乗務員の賃金体系は、嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっていること
◆ハマキョウレックス訴訟との違い
長沢運輸訴訟においては、原審判決が、「事業主は、高年齢者雇用安定法により、60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置を義務付けられており、定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると、定年退職後の継続雇用における賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない」と判示している通り、上告人らは、被上告人を定年後に再雇用された者であり、すでに退職金を受け、年金の支給も予定されていることや、労働組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の賃金体系が定められた点などが考慮され、ハマキョウレックス訴訟における、一般的な有期労働契約者に関する労働条件の格差に関する結論の違いとなって現れたのではないかと思料します。
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2018.06.04
正社員と非正社員の賃金格差の判断基準に関する最高裁判例
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
今月1日(平成30年6月1日)、最高裁において、正社員と非正社員の待遇差(賃金格差)が、労働契約法第20条が禁じる「不合理な格差」にあたるかが争われた訴訟(ハマキョウレックス訴訟)の判決がありました。最高裁が同条について判断を示したのは初めてのことです。
当該判決は、賃金の総額を比較するのではなく、手当など項目の趣旨を個別に考慮しています。
そして、正社員に対し支給されている住宅手当を、非正社員に対し支給しないことは不合理とはいえないと判示する一方、皆勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当を支給しないこと及び通勤手当の額に差を設けることは、不合理であり、労働契約法20条に違反する旨判示しました。4人の裁判官全員一致の意見でした。
当該判決は、労働条件に関する企業実務への影響が大きいことから、今回、ご紹介させていただきます。
◆労働契約法20条とは
労働契約法20条は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」と規定しています。
当該判決は、同条にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうと判示しています。
◆「不合理と認められるもの」とは
労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」の意味について、当該判決は、同条の文理解釈や、同条は、職務の内容等が異なる場合であっても、その違いを考慮して両者の労働条件が均衡のとれたものであることを求める規定であることから、同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当であると判示しています。
◆労働契約法20条違反の効力
当該判決は、「同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり、有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となる」と判示しました。同条は、私法上の効力のない訓示規定であるという上告会社の主張を排斥しています。
もっとも、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない」とも判示しています。
そのため、契約社員が、賃金等に関し、正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求める請求は理由がなく、また、これを前提とする、労働契約に基づく、差額賃金請求も理由がないとしています。
労働契約法20条に違反する労働条件は無効ですが、だからといって、契約社員が正社員と同じ労働契約上の地位を有することになるわけではないということです。同条に違反する労働条件に基づく賃金差額相当額については、不法行為に基づく損害賠償請求を認めています。
以下、各手当について、個別に説明させていただきます。
◆住宅手当
今回のハマキョウレックス訴訟の事案では、トラック運転手(乗務員)として勤務している正社員と契約社員の職務の内容に違いはないが、職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては、正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来、会社の中核を担う人材として登用される可能性かがあるのに対し、契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来、そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがありました。
住宅手当は、従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で、支給されるものと解されるところ、契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し、正社員については、転居を伴う配転が予定されているため、正社員に対して住宅手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないなどとして、労働契約法20条に違反しないと判示しました。
正社員の「長期雇用のインセンティブ」といった抽象的な理由によって、契約社員に対する住宅手当の不支給が正当化されているわけではないことに注意が必要です。
また、正社員についても、転居を伴う配転が予定されていないにも関わらず、正社員に対しては住宅手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給していない会社の場合には、労働契約法20条に違反すると判断されるおそれがあります。
◆皆勤手当
これに対し、皆勤手当については、上告会社が運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから、皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ、上告会社の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから、出勤する者を確保することの必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではないとして、契約社員に対し、皆勤手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。
◆無事故手当
同様に、無事故手当は、優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得を目的として支給されるものであると解されるところ、上告会社の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから、安全運転及び事故防止の必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではないとして、契約社員に対し、無事故手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。
◆作業手当
作業手当は、特定の作業を行った対価として支給されるものであり、作業そのものを金銭的に評価して支給される性質の賃金であると解されるが、 上告会社の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないことなどから、契約社員に対し、作業手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。
◆給食手当
給食手当は、従業員の食事に係る補助として支給されるものであるから、勤務時間中に食事を取ることを要する労働者に対して支給することがその趣旨にかなうものであるところ、上告人の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならない上、勤務形態に違いがあるなどといった事情はうかがわれず、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、勤務時間中に食事を取ることの必要性やその程度とは関係がないなどとして、契約社員に対し、給食手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。
◆通勤手当
通勤手当は、通勤に要する交通費を補塡する趣旨で支給されるものであるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるも のではないなどとして、正社員と契約社員とで通勤手当の金額が異なることは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。
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2018.06.01
司法取引について企業担当者が知っておくべき7つのこと
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
ついに本日平成30年6月1日から、日本で初めて、「司法取引」が導入されました。
司法取引の対象犯罪には、法人への罰金刑のある経済犯罪が広く含まれており、実行役の社員が上司の指示を明かして罪の減免を図るケースなどが想定され、司法取引導入による、企業活動へのインパクトは大きいものがあります。
そこで、今回は、司法取引について、企業の役員や法務担当者が知っておくべき基礎知識について、簡潔にご説明させていただきます。
1 司法取引の概要
今回日本で導入された司法取引は、他人の犯罪を捜査機関に明かす見返りに、自身の刑事処分を軽くするというものです。
捜査・公判協力型と呼ばれるものであり、情報提供の対象は、あくまで他人の犯罪に関するものに限られます。典型的なものとして、被疑者・被告人が自ら関与した犯罪について、その共犯者に対する訴追に協力することが想定されています。
自己負罪型司法取引を認めている米国と異なり、企業や従業員が自らの犯罪を自白しても、それは司法取引の対象にはなりませんので、ご注意ください。
2 司法取引の対象犯罪
すべての犯罪が司法取引の対象となるわけではなく、司法取引の対象犯罪は、特定の財政経済犯罪及び薬物銃器犯罪など特定犯罪に限られています。
司法取引の対象となる特定犯罪のうち、企業活動に関係する犯罪としては次のようなものが挙げられます。
贈収賄や詐欺、横領、背任
脱税
独占禁止法違反(談合、カルテル)
金融商品取引法違反(粉飾決算、インサイダー取引)
特許権侵害
不正競争防止法違反
会社法違反(特別背任等)
など
3 司法取引の進め方
捜査機関側で司法取引ができるのは、起訴の権限がある検察だけで、警察はできません。
司法取引は、検察官か、被疑者・被告人、どちら側からでも持ちかけることができます。
もっとも、最高検の方針によれば、検察官は、これまでの捜査手法で成果を得ることが難しい場合に、司法取引の協議の開始を検討するようです。また、検察幹部の話では、取り調べの中で、検察官から司法取引を持ちかけることはないとのことです。
司法取引の話し合いには、一貫して弁護人の同席が必要です。
被疑者と弁護人、検察官が取引に合意すれば、3者が合意した内容を記した書面に署名をして、司法取引の成立となります。
4 被疑者・被告人の捜査・訴追協力の内容
司法取引に際し、被疑者・被告人は、次のような協力をする必要があります。
①検察または警察の取調べに際して、他人の犯罪事実を明らかにするため、真実の供述をすること。
②他人の刑事事件の証人として尋問を受ける場合において、真実の供述をすること。
③他人の犯罪事実を明らかにするため、証拠物を提出すること。
④上記①から③に付随する行為であり、合意の目的を達成するために必要な行為
5 司法取引の見返り
他方、被疑者・被告人が、捜査・訴追に協力した見返りとして、検察官が提供する減免行為としては、次のようなことが挙げられます。
①不起訴にすること、あるいは公訴を取り消すこと。
②軽い罪で起訴したり、軽い罪に訴因を変更すること。
③被告人に軽い刑を科すべき旨の意見を陳述すること。
④即決裁判手続きや略式命令といった簡易な手続きでの訴追をすること。
6 司法取引が成立しなかった場合
検察官は、被疑者・被告人から、どんな協力が得られるかを聞き、重要な証拠を得られる見込みがなかったり、協議での説明が信用できなかったりする場合には、司法取引に合意しません。このように、一旦協議が開始されても、司法取引が成立しないおそれがあります。
このような場合に、協議の過程で他人の刑事事件について、被疑者・被告人の調書等が作成されていても、これら調書等は他人の刑事事件において証拠として用いることができません。
もっとも、協議の過程で行われた被疑者の供述を手掛かりとして、捜査機関が捜査を行った結果、新たな証拠(派生証拠)が発見した場合、その派生証拠の使用については禁止されませんので、司法取引が成立しない場合には、そのようなリスクがあることも予め考慮した上で、司法取引の協議に臨むことが必要です。
7 会社と社員の利害対立のおそれ
司法取引は、他人の犯罪を捜査機関に明かす見返りに、自身の刑事処分を軽くするというものですから、司法取引をめぐり、実行役の社員、それを指示した上司、あるいは会社との間で利害が対立するおそれがあります。
このような場合、利益相反との関係で、社員と上司、会社の弁護人を一つの法律事務所に依頼することはできず、複数の法律事務所に分けて依頼をしなければなりません。
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2018.05.30
人を残して死ぬ者は上
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
金を残して死ぬ者は下、
仕事を残して死ぬ者は中、
人を残して死ぬ者は上
昭和4年、遊説に向かう途中で倒れ、京都で没した、後藤新平が死ぬ間際に語った言葉と伝わっています。
後藤新平は、安政4年、伊達家留守家の家臣の長男として奥州で生まれました。8歳ころから漢学を学び、県の大参事に認められ、書生となり、その後、医学校に進学し、医者として歩み始めます。
相馬事件に連座して収監されたりもしますが、後に、台湾総督府民政長官、満鉄初代総裁等を務めた人物です。
明治の偉人には足元にも及びませんが、私も常々、お金を残すことは意味がないけど、生きて行く術を与えることができたらと考えておりましたので、感銘を受けた言葉として、ご紹介させていただきました。
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2018.05.29
企業の皆様、GDPRにご注意を!
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
今月25日、EUにノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインを加えたEEA(欧州経済領域)における個人データの新たな法規制、GDPR(一般データ保護規則)が施行されました。
GDPRでは、EEA域内31カ国に所在するすべての個人データの処理(収集や保管)に厳格さが求められ、原則として、個人データの域外への持ち出しが禁止されます。 違反者には、最高で、世界売上高の4%か2000万ユーロ(約26億円)のいずれか高い方という巨額の制裁金が科せられる点もインパクト絶大です。
ヨーロッパに営業拠点なんてないし、うちの会社にGDPRは関係ないと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、それは、それは誤解かもしれません。 GDPRは域外適用される場合があるからです。
◆EEA域内に拠点がなくても、GDPRが域外適用される場合がある。
EEA域内に拠点がなくても、日本から直接、域内の個人に対し商品やサービスを提供する場合や、域内で行われる個人の行動のモニタリングに関連する個人データの処理は、GDPRの適用対象になります(第3条2項)。そのサービスの提供が有償か無償かを問いません。
例えば、日本の旅館やレストランなどが外国人向けに予約サイトで予約をとっている場合や、EEA域内のユーザー向けにスマホアプリを利用させているような場合に、GDPRの適用対象になる可能性があります。
このような場合に、域外適用されるか否かは、EEA域内の個人に対して商品やサービスを提供することを想定していることが明らかどうかで判断されます。
その判断要素は、①域内からのアクセス可能性、②使用言語、③決済に利用可能な通貨、④その他ウェブサイト上にEEA域内の個人を想定した記載があるか、です。
単に、ウェブサイトに英語版のページを用意しているというだけでは、GDPRが適用される可能性は低いと考えられますが、EEA加盟国で使用されている言語や通貨を用いて、商品等を注文する可能性がある場合には、GDPRが適用される可能性は否定できません。
◆GDPRは企業の規模に関係なく適用される。
また、GDPRは、大企業だけが考えればいい問題で、うちのような中小・零細企業には関係がないと考える経営者の方もいらっしゃるかもしれませんが、それも誤解です。
GDPRは、会社の規模を問わず、中小・零細企業にも適用されます。また、企業だけでなく、公的機関や地方自治体、非営利団体にも適用されます。
◆BtoB取引だけだから、GDPRは関係がないという誤解
あるいは、EEA域内に営業拠点や工場等があっても、うちの会社は、BtoB取引だけで、個人データを取り扱わないから、GDPRは関係がないと考えている担当者の方もいらっしゃるかもしれませんが、これも誤解です。
域内の工場で現地従業員を雇用している場合はもちろんのこと、現地子会社に日本の本社から、日本人を出向させているような場合にも、その従業員の個人データがGDPRの保護対象になります。
GDPRは、EEA域内に「所在」する個人の個人データに適用され、国籍や居住地を問わず、出向や出張、旅行で域内の国を訪れている個人の個人データも保護対象となるからです。
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2018.05.25
日大は悪質タックルによる損害賠償責任を負うか?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
今、日大アメフト部の悪質タックル問題が、世間の関心を集めています。
前監督やコーチの指示があったのか否かや刑事責任、事件後の日大の対応のまずさばかりが報道されていますが、日々、損害賠償事案を扱う私としては、ついつい民事上の損害賠償責任が気になってしまいます。
そこで、損害賠償義務を負うか否かについて、弁護士がどのような思考をするのか追体験していただくため、今回は、悪質タックルによって怪我をした関西学院大の選手が、日大に対して、損害賠償請求をすることができるかについて、検討していきたいと思います。
●法的構成
関西学院大の選手と、日大ないしそのアメフト部関係者との間には、何ら契約関係があるわけではありませんので、不法行為に基づく損害賠償請求しか考えられません。
この点、在校生が部活動等で怪我をした場合に、在籍している学校に対し、在学契約における安全配慮義務違反等を理由として、契約に基づく損害賠償請求するケースとは、事案を異にしますので、注意してください。
●日大選手の損害賠償責任
日大の損害賠償責任を検討する前提として、まず悪質タックルをした日大選手が損害賠償責任を負うかを検討する必要があります。
怪我をさせた以上、当然負うだろうとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、原則的に、スポーツ競技による事故は、正当業務行為として、違法性が阻却され(刑法第35条参考)、損害賠償責任を負いません。
もっとも、今回のタックルは、怪我をさせることを目的とした、故意による、明らかにルールを逸脱した危険、悪質なタックルですので、正当業務行為の範疇を逸脱しており、当該タックルをした日大選手は不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償責任を負うと考えられます。
●前監督・コーチの損賠賠償責任
前監督やコーチが、(怪我をさせることを目的とした)悪質タックルを指示したか否かについては争いがありますが、もし指示をしていたのであれば、共同不法行為(民法第719条)に基づく、損害賠償責任を負います。
また、具体的指示がなかったとしても、日大選手の悪質タックルについて、使用者責任(代理監督者責任。民法第715条2項)を負う可能性があります。
●日大の使用者責任
日大に対する、使用者責任(民法第715条)に基づく、損害賠償請求の可否を検討することになります。
日大と前監督やコーチとの間に使用関係があるとされるためには、雇用契約が存在する必要はありません。
雇用か業務委託かや、両者の間に契約関係が存在するかどうかといった点は重要ではなく、実質的にみて使用者が被用者を指揮監督するという関係があれば足ります(実質的指揮監督関係)。他方、独立性・自由裁量性の高い場面では、使用者責任は成立しません。
しかも、使用関係は、使用者が被用者を実際に指揮監督していたかどうかという点に即して判断されるのではなく、指揮監督すべき地位が使用者に認められるかどうかという点に即して判断されます。
この点、中学校や高校においては、学校の教職員が部活動の指導をしていることが多いでしょうし、校長の監督を受け、部活動の技術指導や大会への引率等を行うことを職務とする「部活動指導員」が学校教育法施行規則に新たに規定され、平成29年4月1日から施行されましたので、容易に指揮監督関係が認められ、学校の使用者責任が認められやすいと言えます。
これに対し、私立大学における部活動の法令上の根拠はないようであり、日大と前監督やコーチの契約関係や、規則等実態を精査する必要がありますが、報道によると、前監督は日大の常務理事であることなどからすると、日大の使用者責任に基づく使用者責任が認められる方向に考えられるでしょう。
●理事の不法行為による日大の責任
前述の通り、前監督は、日大の常務理事のようです。
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第78条には、「一般社団法人は、代表理事その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と定められています。
そして、日大は、私立学校法に基づく学校法人であり、学校法人には、上記規定が準用されていますので(私立学校法第29条)、同規定に基づく損害賠償請求が考えられます。
もっとも、上記規定における「その他の代表者」とは、代表理事の職務を一時行う者、代表理事の職務代行者、清算人などの法人代表機関であり、代表理事から委任を受けた副代理人や代表権を有しない理事はこれに含まれません。
結論として、常務理事は、「代表理事その他の代表者」に該当しませんので、この規定に基づき、日大に対し損害賠償請求することはできないでしょう。
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2018.05.24
賃貸借契約が解除できなければ、更新拒絶すればいい!?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
賃貸人が、賃借人の賃料不払いを理由に賃貸借契約を解除するには、賃借人が数ヶ月分の賃料を滞納していることが必要です。
賃貸借契約の解除には信頼関係の破壊が必要であるところ、1ヶ月程度の賃料滞納や遅れ遅れではあるけれども催告をすれば賃料を支払ってきているという状況では未だ信頼関係が破壊されているとまでは言えないからです。
これに対し、時々、「解除はできないのであれば、間も無く賃貸借契約の期間満了なので、更新拒絶すればいい。」と言われる賃貸人や不動産業者の方がいらっしゃいます。
しかし、賃貸人から更新拒絶をするには、正当事由が必要であり、更新拒絶が無条件にできるわけではありません(借地借家法第28条)。
正当事由の有無は、賃貸人が建物の使用を必要とする事情や、反対に賃借人が建物の使用を必要とする事情を主として、これに従前の経過や、建物の利用状況、建物の現況、立退料支払いの申出等を補充的に考慮して判断されます(同条)。
賃料不払いや、滞納を繰り返していることは、正当事由を認める積極要因にはなりますが、いずれにせよ正当事由の有無は、賃貸人及び賃借人の建物の使用を必要とする事情をはじめ、債務不履行の程度等の、総合考慮によって判断されます。
また、更新拒絶をするには、期間満了の1年前から6ヶ月前までに通知をしなければならないことも注意が必要です(借地借家法第26条1項)。
したがって、基本的には、やはり賃借人の債務不履行による信頼関係の破壊を理由とする、賃貸借契約の解除が可能か否かを検討すべきでしょう。