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2022.01.28
【企業法務】人材紹介において内定を取消した場合の紹介手数料請求を認めた事例
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
当事務所には、顧問先の1つに人材紹介会社もありますが、人材紹介契約に関し、参考となる裁判例(東京地裁令和2年11月6日判決)がありましたので、ご紹介させていただきます。
■事案の概要
人材派遣等を業とする原告が、病院等を経営する被告に対し、求職者Aを紹介しましたが、被告がAの採用内定後に内定を取り消したことから、この内定取消しは被告の都合によるものと主張して、かかる場合でも紹介手数料を支払うべきことを定めた人材紹介取引契約の条項に基づき、紹介手数料や遅延損害金の支払を求めた事案です。
■争点
人材紹介契約(本件契約2条6項)には、被告は、内定通知を行いAがこれを受諾した後、「被告の都合」により内定を取り消した場合でも、原告に手数料を支払うものとする旨の条項が定められていたことから、内定取消が「被告の都合」に該当するか否かが争われました。
この点、判決は、「本件契約3条1項が、専ら入職者の責めに帰すべき事由により退職した場合に限り返金を認めているところ、解雇により退職した場合には、法令に則った正当な解雇の場合に限っていることを踏まえると、客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認することができない内定取消しについては、本件契約2条6項にいう被告の都合による内定取消しに当たるものとして、紹介手数料の支払を免れないものと解するのが相当である。」と判示しました。
要は、
客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認できる内定取消の場合には、人材紹介料を払わなくても良いが、
客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認できない内定取消の場合には、人材紹介料を支払わなければならない
と判示したのです。
■被告の主張
上記争点について、被告は、次のように主張しました。
被告が求めていた人材は、健診センターのチーフマネージャーであり、極めて重要な職位であるところ、Aは、履歴書返送時の送り状において、被告の名称も間違えていた。
また、履歴書及び職務経歴書を確認してみたところ、現在の勤務先について齟齬、矛盾のある記載を見つけた。このように、Aが被告に提出した履歴書や職務経歴書には、本人しか確認しえない学歴、職歴について誤謬、虚偽、矛盾した標記が何か所にもわたって存在しており、一般常識人として求められる真面目さ、正確さの欠落した注意力散漫かつずさんな性格のみならず、論理的思考力の弱さ、思考回路の混乱の疑いが、内定予定後に一挙に露顕した。これを受けて、被告は、Aは、健診センターのチーフマネージャーとしての適格性を欠くと判断し、採用を見送ったものである。
よって、内定を取り消したのは、専らAの過誤、過失に起因するものであって、被告の都合によって内定を取り消した場合に当たらない。
■裁判所の判断
この被告の主張について、裁判所は次のように判断し、人材紹介料や遅延損害金の支払いを命じました。
確かに、履歴書と職歴経歴書には、誤記や、齟齬・矛盾のある記載が認められる。しかしながら、年齢の記載、職歴欄と自己PR欄の齟齬は、Aが以前に使用した履歴書や職歴経歴書を上書きせずに使いまわしたことから生ずる誤記と推認でき、経歴を詐称しようとするなどの悪質な意図に出たものとは認められない。その他の誤記についても、注意力がやや欠落している点は否めないものの、単純な誤りであって、虚偽の経歴を意図的に記載したとまでは認めるに足りない。また、履歴書返送時の送り状の誤記についても、漢字の変換ミスにとどまるものである。
そして、被告は、面接時には、すでに、履歴書と職務経歴書のうち、入学・卒業の各年度と年齢の記載に誤りがあることに気づいており、それ以外の誤記も、通常の注意をもって読めば、内定決定前に気づくことが十分可能であったといえる。
そうすると、被告がAの採用内定を取り消した事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であったとはいえず、解約権留保の趣旨、目的に照らしてみたときに、被告の内定取消しが、客観的に合理的で社会通念上も相当なものとまではいえない。
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2022.01.12
【企業法務】代表取締役を解職された場合、損害賠償請求できるか?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
取締役などの役員は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。理由のいかんを問いません。
ただし、解任について正当な理由がない場合には、解任された取締役は、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償請求をすることができる旨が会社法に定められています(同条2項)。
詳しくは、【取締役の解任】職務不適任を理由とする「正当な理由」の該当性をご参照ください。
■問題点
それでは、取締役会において、代表取締役を解職された場合、任期の間、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額について、損害賠償請求できるのでしょうか?
最近、このようなご相談を受けましたので、調べてみましたが、この点について解説をしている文献はあまり多くはなく、裁判例を1つ見つけました。
法律上の根拠としては、会社と代表取締役とは委任の関係にあるところ(会社法330条)、民法651条2項は、委任においては、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、やむを得ない事由があったときを除き、相手方の損害を賠償しなければならない旨定めていることから、代表取締役の解職決議に民法651条の適用があり、同条2項に基づき損害賠償請求できるかが問題となります。
■富山地裁高岡支部平成31年4月17日判決
当該判決は、次のように判示して、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額に関する損害賠償請求を否定しています。
代表取締役の解職の手続に、委任解除の規定である民法651条が適用されるかは一つの問題ではあるが、仮にその適用があるとしても、同条2項における「相手方に不利な時期」とは、委任に係る事務処理自体との関連において不利な時期をいうものと解され、また、同項にいう損害とは、解除の時期の不当なことによる損害をいうものと解される。
そして、報酬を支払う旨の約定のある有償の委任契約においては、解除により将来の報酬債権が生じないことは当然であって、委任は各当事者がいつでも解除することができるものである以上、受任者が将来得べかりし報酬は、当然には解除の時期の不当なことによる損害として上記損害に含まれるものではないというべきである。
なお、当該訴訟において、原告は、代表取締役はその役職に伴う重責を背負いながら、他方で、いつ、いかなる理由であろうと解職され、報酬請求権を失うというのでは、代表取締役は極めて不安定な立場に置かれ、不当である旨主張していますが、この点について、当該判決は、次のように判示しています。
明文上、代表取締役の報酬を保護する規定はないうえ、代表取締役が代表の地位を退き、これに伴う報酬の減額があったとしても、取締役としての地位を失うものではなく、これに対応する報酬請求権は得られるのであるから、著しく酷というものではなく、それが不当であるということはできない。
■会社法339条2項の類推適用
もっとも、代表取締役を解職された場合にも、取締役が解任された場合の会社法339条2項の類推適用がされるか否かについては争いがあり、これを肯定し、正当な理由なく解職された代表取締役は会社に対し、損害賠償請求できるとする見解も存在します。
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2021.07.02
【労務管理】人事評価の違法性を否定した裁判例
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
今回は、従業員に対する査定制度の結果に基づいて賞与・給与の額が決定されていた場合に、その査定制度やそれに基づく人事評価についての違法性を否定した裁判例(横浜地裁令和2年3月24日判決)をご紹介させていただきます。
なお、当該裁判例では、個人面談における、上司による従業員に対する退職勧奨の違法性がメインで争われており、慰謝料として20万円が認容されています。
■査定制度に関する原告の主張
被告である会社には、グローバル・パフォーマンス・マネージメント(GPM)と呼ばれる評価制度が導入されていましたが、これについて、原告である従業員は、
・GPM評価制度が相対評価であること
・評価自体が上長の「期待」という主観的要素を基準としていること
・評価者が上長1名のみであり複数の評価者による客観的評価が担保されていないことなどから、GPM評価制度が不公正な制度であり、制度自体が違法なものであると主張しました。
■査定制度に関する裁判所の判示
これに対し、裁判所は、
・人事評価において、相対評価を採用することが、およそ直ちに違法となるか自体疑問がある
・その点を措くとしても、GPM制度が相対評価であると認めるに足りる的確な証拠はない
・少なくとも、原告に対する評価は他の従業員と比較してされているわけではないから、原告に対する人事評価が相対評価であるから違法であるとの原告の主張は、その前提を誤るものであって採用できない。・従業員が従事する業務の内容及び性質によっては、客観的に算出することができる数値等のみによってその業務の正当な評価を行うことができない場合があることは明らかであり、評価基準に主観的な要素が含まれているからといって、直ちにこれを不公正で違法なものということはできない。
・そもそも被告のGMP評価における「期待」というのは、上長の純粋に個人的・主観的な期待を意味するものではなく、その役職に対して一般的・客観的に期待されるレベルを意味するものと解するのが相当である。
・被告のGPM制度においては、まずは直属の上長が評価を行い、その後、上位上長及び人事部門を入れた処遇会議において、上長が評価の理由について説明し、上位上長及び人事部門が承認をすることにより、最終的な評価が決定されるのであるから、上長1名のみによる恣意的な評価を許容するものであるとも認められない。
したがって、GPM評価制度そのものを不公正かつ違法な制度であるということはできないと判示しました。
■各年度の人事評価について
また、会社による最終考課は、原告が
・会議に出席した際に意見を述べなかったこと、
・業績検討会議における報告内容が検証不足であったこと、
・作業の引継ぎが不十分であったこと、
・マニュアル連携業務の実質的な取りまとめ作業を部長報告も含めて関連子会社に任せたこと、
・社内サイトにおける活動を実施するための仕組みを運用に乗せることができなかったことなどをその理由とするものであり、原告が外されたと主張する業務を行わなかったことや、原告の担当した業務量が少なかったことを理由とするものとは認められないから、成果を上げる前提を欠いていたのに低い評価をされたという原告の主張は当たらないとして、
各年度のGPM評価は、人事評価に関する使用者の裁量を逸脱濫用したものとは認められないと判示しています。■人事評価の裁量権
賃金の決定、計算方法等は、就業規則の絶対的必要的記載事項であり(労働基準法89条2号)、就業規則(給与規定)中に、査定を行って賃金や賞与の額を決定する旨の査定条項が置かれている場合があります。
人事評価は、使用者の裁量的判断に委ねられており、その裁量権を逸脱・濫用した場合でなければ、違法とはなりません。
当該裁判例は、人事評価について、使用者の裁量権の逸脱・濫用はないと判断した一事例です。
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2021.06.22
【企業法務】取締役の法令違反と任務懈怠責任
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
取締役などの役員等は、その任務を怠ったときは、会社に対し、損害賠償責任を負います(会社法423条1項)。
また、役員等がその職務を行うについて、悪意又は重大な過失があったときは、その役員等は、これによって第三者に対しても損害賠償責任を負います(同法429条1項)。
会社法には、「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」と定められおり(355条)、取締役は法令遵守義務を負っているわけですが、
取締役が、何かしらの法令に違反した場合には、当然に、会社ないし第三者に対し任務懈怠責任を負うのかというのが、今回の問題です。
■最高裁平成12年7月7日判決(野村証券損失補填事件・否定)
この点、上記最高裁判例は、ここでいう「法令」とは、取締役を名あて人として、取締役が職務上遵守すべき義務に限らず、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれると判事しています。
その理由については、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからであるとしています。
もっとも、当該事案は、証券会社が一部の顧客に対し、損失補填をした事案であり、独占禁止法(不当な利益による顧客誘引)に違反するとはされましたが、当該行為が行われた当時、証券会社のみならず、監督当局である大蔵省や公正取引委員会も、損失補填が独占禁止法に違反するという見解を採っていなかったことから、取締役らが損失補填が独占禁止法に違反するという認識を有していないくても止むを得ない事情があり、過失がないとして、損害賠償責任を否定しています。
■知財高裁平成23年6月23日判決(不正競争防止法違反・肯定)
他社に対し、営業誹謗行為を行ったことにつき、会社の行為は不正競争(不正競争防止法2条1項14号)に該当するものであるところ、会社の代表取締役は、会社の代表者としての任務に反して、自ら上記不正競争を行ったのであるから、会社法429条1項の規定により。他社に発生した損害を賠償する責任があるというべきであると判示しています。
■大阪地裁平成21年1月15日判決(労働基準法違反・肯定)
別件判決で認められた割増賃金の支払を受けていない労働者らが、当時の代表取締役、取締役、監査役に対し行った割増賃金相当額等の損害賠償請求につき、
取締役及び監査役には会社に対する善管注意義務ないし忠実義務として会社に労働基準法37条を遵守させ被用者に対し割増賃金を支払わせる義務があるにもかかわらず、当該代表取締役らは悪意又は重過失によりこの任務を怠ったのであり、
この任務懈怠と当該労働者らが被った損害の間には相当因果関係が認められるとして、
平成17年改正前の商法266条の3(会社法280条1項)に基づき割増賃金相当額と遅延損害金の限度で労働者らの請求を認めています。
■大阪地裁平成17年12月8日判決(商標法・否定)
インターネットのウェブサイトのトップページを表示するためのhtmlファイルにメタタグとして登録商標と類似する標章を記載し、その結果、検索サイトにおいて、トップページの説明として、登録商標と類似する標章が表示されていた事案において、商標権侵害を肯定しつつ、
一般に、商標について、その登録の事実が、特許電子図書館の商標検索のサイトを利用することにより、容易に検索可能であるとしても、その事実自体が一般に広く知られているとも、標章を使用する際にはこれを調査するのが当然とされているとも認められないから、商標実務を業としているものでもない取締役において、原告主張の方法により各商標が登録されているか否かを確認しなかったからといって、重過失があったとまでいうことはできないとして、取締役の対第三者責任を否定しています。
■東京地裁平成8年6月20日判決(関税法、外為法違反・肯定)
ジェット戦闘機に用いられる加速度計・ジャイロスコープ及びミサイルの部分品を関税法・(外為法)所定の各手続きを経ないで不正に売却・輸出したことが取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する行為であり、これにより罰金・制裁金の支払いのほか売上高の減少・棚卸資産の廃棄等の損害を生じさせたとして、株主が、取締役らに対し、株主代表訴訟により損害賠償の請求をした事案です。
関税法及び外国為替管理法に違反する不正取引・不正輸出について、取締役がその事実を認識しながら支持・承認したものについては、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するとされました。
他方、一部の取引については、取締役会の決裁事項や報告事項になっていなかった上に、国内取引の形態をとり、製品が加速度計・ジャイロスコープであることや最終仕向地がイランであることが判らないような方法で、従業員らにより秘密裡に進められていた等の事情の下で、取締役がその事実に気付かなかったとしても、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するとはいえないと判示されています。
■東京地裁平成6年12月22日判決(贈賄行為・肯定)
取締役が行った贈賄行為について、株主代表訴訟が提起された事案について、次のように判示しています。
とりわけ贈賄のような反社会性の強い刑法上の犯罪を営業の手段とするようなことがおよそ許されるべきでないのは当然である。それにより会社に利益がもたらされるとか、慣習化し同業者がやっているため贈賄をしないと仕事をとれないおそれがあるといった理由で、営業活動としての贈賄行為を正当化し得るものではない。
したがって、贈賄行為は、たとえ会社の業績の向上に役立ち、会社のための営業活動の一環であるとの意識の下に行われたものであったとしても、定款の目的の範囲内の行為と認める余地はなく、取締役の正当な業務執行権限を逸脱するものであり、かつ、贈賄行為を禁ずる刑法規範は、取締役が業務を執行するに当たり従うべき法規の一環をなすものとして、商法266条1項5号の「法令」に当たるというべきである。
そうすると、被告の贈賄行為は、それが同時に政治資金規正法に違反するかどうかにかかわらず、法令及び定款に違反する行為として、会社に対する損害賠償責任を生じさせることになる。
■大阪地裁平成12年9月20日判決(外国の法令・肯定)
大和銀行ニューヨーク支店において、同行の行員が、10年以上の間、同行に無断かつ簿外で米国財務省証券の取引を行って約11億ドルの損失を出し、その損失を隠ぺいするために顧客、大和銀行所有の財務省証券を無断かつ簿外で売却して、大和銀行に約11億ドルの損害が発生したことを米国当局に隠匿していたなどとして、米国において、刑事訴追を受け、罰金3億4000万ドルを支払った損害を、同行に賠償するよう求めた株主代表訴訟の事案です。
外国法令にしたがうことは、取締役の善管注意義務の内容をなし、不正な取引の事実を知りながら、米国法が要求する当局への届出をしなかった取締役及び届け出るように他の取締役に働きかけなかった取締役に、善管注意義務違反の責任が認められています。
■まとめ
以上かすると、取締役が法令違反による任務懈怠責任に基づき、会社や第三者に対し、損害賠償責任を負うのは、法令違反をしただけでなく、法令違反になることを認識していた(過失はおろか故意があったような)場合と考えられます。
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2021.06.17
【損害賠償】営業権侵害における不法行為の成否
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
営業活動が許される自由競争の範囲を逸脱した違法な行為については、不法競争防止法において「不正競争」として規制されています。
それでは、不法競争防止法の定める「不正競争」に該当しない行為についても、不法行為(民法709条)にあたるとして、同条に基づく損害賠償請求をすることができるでしょうか?
■ 営業権とは?
営業権ないし営業上の利益とは、権利として保護される範囲が固定されたものではありませんし、絶対的・排他的性質をもつ権利ではありません。
営業権が権利として保護すべきか否かは、競業者の営業の自由(営業権)、職業選択の自由、その他の権利との衡量をする必要があります。
■ 最高裁平成23年12月8日判決(北朝鮮映画事件)
この問題を考えるにあたって、営業権の問題ではなく、著作権に関するものですが、著作権法に定める著作物に該当しない著作物の利用行為について、原則的に、不法行為の成立を否定した最高裁平成23年12月8日判決(北朝鮮映画事件)が参考になります。同判決は次のように判示しています。
著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。
同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。
したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない。
■ 知財高裁平成24年8月8日判決
また、知財高裁平成24年8月8日判決は、不正競争防止法も、事業者間の公正な競争等を確保するため不正競争行為の発生原因、内容、範囲等を定め、周知商品等表示について混同を惹起する行為の限界を明らかにしており、ある行為が不正競争行為に該当しないものである場合、商品等表示を独占的に利用する権利は、原則として法的保護の対象とはならないとし、不正競争防止法が規律の対象とする周知商品等表示の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である旨判示しています。
■ 不正競争防止法が定める「不正競争」
不正競争防止法第2条1項に定められている「不正競争」は限定列挙であり、例示列挙ではありません。
同法を制定するにあたり、利害関係のある当事者各層の権利・利益、公共の利益等を総合考慮して、法規制の対象とする行為と、法規制の対象としない行為とを切り分けて判断したはずです。
すると、同法の定めが不正競争法秩序のもとでの競業行為に対する価値判断としては最終的であり、「不正競争」に該当しない行為については、法的に積極的に許容されていると考えられます(潮見佳男『不法行為法Ⅰ〔第2版〕』参照)。
■ 結論
以上から、不法競争防止法の定める「不正競争」に該当しない行為については、不法行為(民法709条)は成立せず、同条に基づく損害賠償請求もできないと考えられます。
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2021.06.03
【企業法務】会社の役員等に対する責任追及訴訟の手続き
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(役員等)が、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負いますが(会社法423条1項)、会社が役員等に対し、その責任を追求する訴訟を提起する場合には、通常の訴訟とは異なる手続きが必要となります。
令和3年3月1日施行の改正会社法により改正がなされた点もありますので、うっかり手続ミスをしないように、今回は会社が役員等に対し責任追及をする訴えを提起する場合の手続き等について、説明させていただきます。
なお、今回は株主代表訴訟については対象外とさせていただきます。
■責任追及訴訟において会社を代表する者
取締役の責任を追及する訴えについては、監査役が会社を代表します(386条1項1号)。
ただし、業務監査権限を有する監査役が置かれていない会社では代表取締役が会社を代表します。
また、委員会設置会社では、監査委員(訴えの相手方となる場合を除く)が会社を代表します(408条3項1号)。
■訴えの管轄
責任追及等の訴えは、株式会社(または株式交換等完全子会社)の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属しますので、それ以外の裁判所に訴訟提起することはできません(848条)。
■公告または株主への通知
株式会社は、責任追及の訴えを提起したときは、遅滞なく、その旨を公告し、または株主に通知しなければなりません(849条5項)。
株式会社が、株主から、責任追及の訴えを提起したとして、訴訟告知を受けたときも同様です。
ただし、公開会社でない株式会社の場合は、株主への通知で足ります(同条9項)。
これらは、会社と取締役との馴れ合い訴訟を防止するとともに、和解が適切に行われることを担保するものです。
■訴訟参加
原則として、株主又は株式会社は、共同訴訟人として、または当事者の一方を補助するため、責任追及訴訟に参加することができます(849条1項本文)。
■和解をする場合
令和3年3月1日施行の改正会社法により、株式会社等が、その取締役(監査等委員及び監査委員を除く)や元取締役の責任を追及する訴訟において和解をする場合には、次の者の同意を得なければならなくなりました(849条の2)。
・監査役設置会社の場合、監査役(監査役が二人以上の場合には、各監査役)
・監査等委員会設置会社の場合、各監査等委員
・指名委員会等設置会社の場合、各監査委員 -
2021.05.26
【取締役の解任】職務不適任による「正当な理由」が認められるか?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
取締役などの役員は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。理由のいかんを問いません。
ただし、解任について正当な理由がない場合には、解任された取締役は、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償請求をすることができます(同条2項)。
そのため、取締役を解任した場合、会社は、取締役から、損害賠償請求されることが多く、取締役の解任に「正当な理由」があるか否かは、重要な争点となります。
特に職務への不適任を理由とする場合には、「正当な理由」が認められるケースと認められないケースとに分かれ、判断が難しいことががありますので、今回は、その裁判例について紹介させていただきます。
■正当な理由とは?
東京地裁平成29年1月26日判決は、会社法339条2項の「正当な理由」の内容について、会社・株主の利益と解任の対象である役員の利益の調和の観点から決せられるべきものであり、具体的には、会社において、当該役員に役員としての職務執行をゆだねることができないと判断することもやむをえない客観的な事情があることをいうと判示しています。
また、東京地裁平成25年5月30日判決は、正当な理由が存在する場合とは、当該取締役の職務の執行に当たり、
①不正の行為や定款又は法令に違反する行為があった場合
②取締役が経営に失敗して会社に損害を与えた場合
③当該取締役の経営能力の不足により客観的な状況から判断して将来的に会社に損害を与える可能性が高い場合に認められるとし,単に株主と取締役との間で経営方針が異なるというだけでは正当な理由は認められないとしています。
■解任事由の告知の要否・会社の認識
役員の解任について定める会社法339条において、役員を解任するに当たり、会社の故意過失や当該役員への解任事由の告知は要件とされていない上、「正当な理由」を会社が認識していた事情に限定する旨の規定も存在しないことからすれば、正当な理由の根拠となる事情は、解任時点で客観的に存在していれば足り、会社代表者らが認識していることまで要しないとされています(東京地裁平成30年3月29日判決)。
■正当な理由を認めた裁判例
(東京地裁平成30年3月29日判決)
同判決は、以下の事実を認定し、それぞれが単独で解任の正当な理由になるとまではいえないものの、これらを総合勘案すれば、当該事業について取締役会決議などがされていることなどを踏まえても、取締役として著しく不適任であるとされてもやむをえないといえ、解任には正当な理由があると判断しました。
・企業グループ全体の経営に重大な悪影響を及ぼすおそれのある事業を企図し実行したこと
・当該事業の実施を決定する取締役会及び当該事業への追加投資を承認する稟議において虚偽説明をしたこと
・子会社に対し虚偽説明を伴って当該事業に係る販売データの購入圧力をかけたこと
・グループ役職員等の電子メールに含まれる情報を不正に取得したこと解任された取締役が企画・実行した事業は、小売店舗の店頭で商品陳列状況を無断で撮影し、その画像をマーケティングに有用な情報にデータ化した上で販売するというものであり、店舗内で隠し撮りをする点で違法と判断される危険性があり、かつ、小売業者との信頼関係を破壊し、グループ全体の経営に悪影響を及ぼしかねないおそれのあるものであって、解任された取締役には、業務を遂行するに当たって要求される手続を軽視する姿勢が顕著に見られ、コンプライアンス意識も欠如していると判示されています。
(東京地裁平成18年8月30日判決)
取締役は、会社代表者から支店への異動を打診された直後から、会社代表者及び副社長の自己に対する人事異動の打診行為について批判し、それにとどまらず、その後は会社及び代表者の数々の問題点、疑問点を挙げ連ねて会社批判を繰り返し、上記打診がある前には全く見受けられなかったところの会社への敵対行動に出ていること、当該取締役は既に会社の情報を訴週刊誌の記者にまで情報提供しているがその必要性はなかったと思われること、会社の内部的な問題は、これをスキャンダルとして週刊誌等に掲載されれば会社の信用を損ね経営に支障を来すことは容易に予期できたものと考えられることなどからすると、当該取締役の行動は、会社の是正というよりも意に沿わない人事異動の打診があったことを契機とした会社と会社代表者への糾弾を中心とする報復措置と受け止められても仕方のないものであったと評価でき、むしろ業務執行を阻害するものというべきであり、現実に会社あるいは会社代表者の信用は損なわれ、取引及び収益の減少も相当程度生じていることから、その解任には正当事由があると判示しています。
(広島地裁平成6年11月29日判決)
正当事由には、経営判断の誤りによって会社に損害を与えた場合も含まれるものというべきであるとし、会社の売上が毎年着実に伸びており、業務の特殊性からして、リスクの大きい株式取引に手を出さなければならない緊急性がなかったにもかかわらず、代表取締役が多額の株式の信用取引や投機性の高い取引を独断で行い、結果的に多額の損失を会社に与えたものであって、これは、代表取締役としての経営判断の誤りと評価されても止むを得ないものであると判示し、解任について正当事由を認めています。
もっとも、同判決は、当該取締役が、脳血栓で二か月もの入院加療を要する状態になり、退院後も長期的な通院治療を必要とし、意識状態は普通であるものの、会話能力や筆記能力が相当程度低下しているのであって、かような状況で取締役として通常どおりの職務の遂行が可能であるとは考え難いというべきことや、当該取締役が、退院してからも、出社して自ら経営者としての職責を全うする態度を見せておらず、却って他の監査役や取締役らの責任追及に対してひたすら弁解に終始するばかりであり、自己の解任が議題になっている株主総会にも出席せず、職務の遂行に対する意欲も失われていたこともあわせて認定して、正当事由を認めたものであり、経営判断の誤りのみによって、正当事由を認めたものではありません。
■正当な理由を否定した裁判例
(東京地裁平成29年1月26日判決)
解任された取締役の次の行為について、各項目ごとに独立して、「正当な理由」があるということはできないと判示しています。
・受嘱承認手続に係る規範の不遵守等
・グループの方針の不遵守
・研修義務不履行者への措置・処分の未策定
・離職者数の多さ
・規程整備への非協力
・業績目標の未達
・アドバイザリー業務体制の検討における非協調姿勢
・独断での新たなQRMプロセスの提案
・パートナーシップの検討における姿勢
・提供を受けたサービスの対価の支払懈怠また、当該取締役の行為や対応が、グループ子会社の代表取締役(社長)の行為として問題のあるものであり、これらを総合すると、代表取締役としての適性に疑念を生じさせる面があることは否定できないとしつつ、他方、業績が低迷して営業力も低い会社の収益を改善し規模を拡大することを目的として招聘されたものであり、当該取締役自身、そのことを十分認識して代表取締役(社長)に就任したものであること、実際、会社の損益は、黒字に転じ、在任中は一応黒字を維持しており、従業員数も、毎年約100人ないし150人ずつ増加していることが認められ、これらの事実を総合すれば、当該取締役が代表取締役として著しく不適任であると断ずることはできず、解任について「正当な理由」があるとまでいうこともできないと判示しています。
(東京地裁平成11年12月24日判決)
正当事由の有無につき検討するに、解任された取締役は、従業員を指導する際、余りにも激しく叱責し、店長や従業員から不満をかうようなことがあったり、会社代表者に苦情を述べる従業員がいたり、各店長から会社代表者に上申書が提出されるようなことがあったり、役員室に内側から施錠して一人役員室にこもって執務することがあるなど従業員らの信頼が十分でなく、当該取締役に適切さを欠く業務執行の態様があったことは否定できないと判示しています。
しかし、従業員に対する叱責に関しては、当該取締役が自己の職務に熱心なあまり、その言動にいきすぎた面があったとも評価できなくもなく、この事実をもって職務への著しい不適任ということはできないし、当該取締役に対する従業員らからの信頼が十分でないことや業務執行の態様にやや不適切な面があったことが、結果として会社の経営にどのような影響を与えたのかも不明であり、業績の悪化、信用失墜等を含めた経営上の支障が会社に生じたことを認めるに足りる証拠もなとして、著しい職務への不適任があったということはできず、正当事由は認められないと判示しています。
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2021.05.26
【消費者契約法】製品性能の不実告知があったとして、売買契約の取消が認められた裁判例
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
今回は、軽自動車の売買契約において、カタログの表示又は販売店の従業員の説明により重要事項である車両の燃費値について不実告知があったとして、消費者契約法4条1項による取消しが認められた裁判例(大阪地裁令和3年1月29日判決)を紹介させていただきます。
■事案の概要
三菱自動車等が、軽自動車のカタログ等に、「国交省の定める測定方法等による燃費性能」よりも優れた燃費性能を表示させた上で、販売店らをして、原告らに対して軽自動車を販売させたとして、車両に係る各売買契約を消費者契約法4条1項1号(不実告知)に基づいて取り消したなどと主張した事案です。
■不実告知による取消の要件
消費者契約法4条1項1号は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、重要事項について、事実と異なることを告げたこと(不実告知)により、消費者が告知された内容を事実であると誤認し、それによって消費者契約の申込みの意思表示をしたときは、これを取り消すことができると規定しています。
その要件を整理すると、次の通りとなります。
①事業者と消費者との間の契約であること(消費者契約該当性)。
②事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、不実告知をしたか(勧誘及び不実告知該当性)。
③告知された内容は、重要事項に当たるか(重要事項該当性)。
④消費者が告知された内容を真実であると誤認したか、不実告知と誤認、誤認と消費者契約の申込みの意思表示との各間に因果関係があるか(因果関係の有無)。■ ①消費者契約
消費者契約法2条1項の「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)をいい、個人事業者であっても、事業としてでもなく、事業のためではない目的のために契約の当事者となる場合には、「消費者」となり得ます。
原告の一人であるJは個人事業主でしたが、主にその妻が日常の家事に使用するため、車両(サクラピンクメタリック色)を購入したことが認められ、自らの事業として又は自らの事業のために当該車両を購入したものとは認められないから、Jは、当該車両の売買契約において、「消費者」に該当するというべきであると判示されています。
■ ②勧誘及び不実告知
消費者契約法4条1項1号の「勧誘」とは、事業者が消費者に対し、消費者契約の締結に際し、消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の消費者契約の締結に向けた働きかけを行うことをいい、事業者が、その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような媒体により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合もこれに含まれます。
販売店らによるカタログの交付またはその従業員による説明は、同号の「勧誘」に当たるものと認められます。
また、カタログ等の「燃料消費率(国土交通省審査値)」の表示は、国土交通省の定める測定方法による算出値であるということを意味するものであるところ、国土交通省の定める測定方法による算出値ではないのに同測定方法による算出値であるかのように表示し、かつ、実際の国土交通省の定める測定方法による算出値よりも優良な数値を表示した点において、事実と異なるものであり、カタログ等の表示並びにこれを前提とした販売店らの従業員による説明を確認又は理解した者は、表示された値が国土交通省の定める測定方法による算出値であり、かつ、実際の算出値よりも優良な数値であることについて、事実であるとの誤認を生じさせるものというべきであるから、不実告知に当たると認められます。
■ ③重要事項
消費者契約法4条1項1号の「重要事項」とは、消費者契約に係る「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容」(同条4項1号)等であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの(同項柱書)をいいます。
ここで「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」とは、契約締結の時点における社会通念に照らし、その契約を締結しようとする一般的・平均的な消費者が契約を締結するか否かについて、その判断を左右すると客観的に認められるような契約についての基本的事項をいいます。
そして、当該事案において、不実告知の対象事項は、車両の燃費値という「質」に関わるものであるところ、車両の燃費値は、軽自動車を購入しようとする消費者にとって、経済的な観点のみならず、環境問題への配慮がされた車両か否かという売買において購入の一つの重要な要素であり、事業者である三菱自動車おいても、目標燃費値を達成することが車両の売上げ増に直結するものであるとして、車両の開発が行われていたことが認められます。
これらの事情からすると車両の燃費値は、車両の売買契約を締結しようとする一般的・平均的な消費者が車両の売買契約を締結するか否かの判断に通常影響を左右すると客観的に認められるような車両の売買契約についての基本的事項に当たるものといえ、「重要事項」に当たるものと認められています。
■ ④因果関係
原告ら(一部を除く)は、販売店らから交付されたカタログ等又は被告販売店らの従業員の説明により、車両の燃費値が、国土交通省の定める測定方法による算出値であり、かつ、実際の算出値よりも優良な数値であることについて不実告知を受け、この内容を真実であると誤認したことが認められ、これによって車両の売買契約を締結したものと認められています。
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2021.04.13
【クーリング・オフ】法人や事業者はできない?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
中小企業庁のホームページでも、「事業者間の取引に関しては、クーリング・オフは適用されません」と説明されています。それは基本的には正しいですが、正確ではないかもしれません。
■根拠条文
訪問販売などについては、特定商取引法において、クーリング・オフの制度が定められています(9条)。
もっとも、「営業のためにもしくは営業として締結するもの」については、特定商取引法のすべての条項の適用が除外され、クーリング・オフも適用されません(26条1項1号)。
この適用除外の規定があることから、「事業者間の取引に関しては、クーリング・オフは適用されません」と説明されているわけです。
■適用除外の解釈
しかし、同号の趣旨は、契約の目的・内容が営業のためのものである場合に特定商取引法が適用されないという趣旨であって、契約の相手方の属性が事業者や法人である場合を一律に適用除外とするものではありません。
例えば、法人や事業者名で契約を行っていても、購入商品や役務が、事業用というよりも主として個人用・家庭用に使用するためのものであった場合は、原則として特定商取引法が適用され、クーリング・オフもできる場合があるのです。
特に実質的に廃業していたり、事業実態がほとんどない零細事業者の場合には、特定商取引法が適用される可能性が高いです。
令和2年3月31日付通達でも、以上のように説明されています。
「営業のためにもしくは営業として締結するもの」にあたるか否かは、形式的に、契約書上の当事者が誰かではなく、実質的に事業者の営業の目的との関連、契約の目的・内容・用途、使用形態、支払が営業経費か個人の家計からか、反復継続した取引か、事業者の事業規模などにより判断されるべきものです。
■クーリング・オフを認めた裁判例
法人や事業者が契約当事者の場合にも、クーリング・オフを認めた裁判例として、以下のものがあります。
【大阪高裁平成15年7月30日判決】
消火器の訪問販売業者が、自動車販売会社に対し、消火器38本を販売した事案につき、原告会社は、自動車の販売等を業とする会社であって、消火器を営業の対象とする会社ではないから、当該契約は「営業のためにもしくは営業として締結するもの」ということはできないとして、クーリング・オフを認めています。
【名古屋高裁平成19年11月19日判決】
個人で印刷画工を営む者が、通信機器(事務所用電話主装置・電話機)のリース契約を締結した事案につき、控訴人は、専ら賃金を得る目的で1人で印刷画工を行っていたに過ぎず、その規模は零細であったこと、経営困難との理由で、契約締結の約4か月後に廃業届を提出していること、控訴人の事業規模や事業内容からしても、従前から使い続けていた家庭用電話機が1台あれば十分であったといえること、控訴人は事業といっても印刷画工を専ら1人で、手作業で行うような零細事業に過ぎず、かつ、控訴人自身パソコンを使えないというのであって、リース対象の通信機器は、控訴人が行う印刷画工という仕事との関連性も必要性も極めて低いことからすると、当該リース契約は、控訴人の営業のために若しくは営業として締結されたものであると認めることはできないとして、クーリング・オフを認めています。
【東京地裁平成27年10月27日判決】
家族の住む住宅兼店舗で喫茶店を営む個人が電話機、ファクシミリのリース契約を締結した事案につき、被告は喫茶店を経営しているが、被告と妻のみが従事し、一日の来客は三〇人程度で、店舗を利用しているのは地元の固定客であって、電話番号は電話帳に記載していないこと、営業の手段として当該電話機及びファクシミリの有益性は希薄であり、したがって電話の利用は個人的使用が中心であって、ファクシミリも子どものクラブ活動等の連絡に利用しており、業務のために全く利用していないこと、当該リース契約締結の経緯、被告の営業の規模、内容、リース物件の営業使用の必要性や頻度を考慮すると、当該リース契約の契約書等に屋号を記載していること、リース料が被告の営業経費に通信費として計上されていること、インターネット上の飲食店検索サイトの店舗基本情報や、地元の飲食店マップに建物の電話番号が掲載されていることを考慮しても、当該リース契約は「営業のために若しくは営業として」締結したものとは認められないから、特商法の適用除外には該当しないとして、クーリング・オフを認めています。