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    2024.03.13

    退職後の競業行為に関する損害賠償の可否

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    顧問先等から、役員や従業員による退職後の競業行為や、従業員や顧客の引き抜き行為に関する相談を受けることが、そこそこあります。

    この点、退職後の競業行為等を禁止する合意書や誓約書、就業規則が存在する場合には、その内容や有効性を判断することになります。

    退職後の従業員に競業避止義務を負わせることは、その者の職業選択の自由を制約することになりますので、公序良俗に反し無効となる場合もありますが、今回はどのような場合に合意が有効で、どのような場合に無効になるかという問題には立ち入りません。

    今回は、このような退職後の競業避止義務等に関する合意がない場合において、判例や裁判例を概観し、どのような行為が違法とされ、損害賠償請求できるかについて説明させていただきます。

    退職

     

    ■不法行為等の成立を認めた裁判例


     

    【東京地裁昭和51年12月22日判決】

    会社の取締役らが在職中から新会社の設立を企図し、突然にしかもいつせいに退職して退職した会社と営業の一部競合する新会社を設立し、従来からの会社の得意先に対し、同社と同一もしくは類似した商品の販売を開始した事案について、次のように判断しています。

    被告らが原告会社と競合する被告会社を設立することは自由であると言っても、その設立については原告会社に必要以上の損害を与えないように、退職の時期を考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、さらには被告会社で取扱う製品の選定やその販売先などにつき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであってて、いたずらに自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない。しかるに前記認定事実からすれば、被告らは原告会社在職中から被告会社の設立を企図し、突然にしかも一斉に同社を退職して同社と営業の一部競合する被告会社を設立し、従来からの原告会社の得意先に対し、同社と同一若しくは類似した商品の販売を開始したというのであるから、同人らのかかる行為は先に述べたことからして著しく信義を欠くものと言わざるを得ず、もはや自由競争として許される範囲を逸脱した違法なものと言わざるを得ない。

     

    【東京地裁平成5年1月28日判決】(チェスコム秘書センター事件)

    原則的には、営業の自由の観点からしても労働(雇傭)契約終了後はこれらの義務を負担するものではないというべきではあるが、すくなくとも、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるものとみるべきである。

     

    【横浜地裁平成20年3月27日判決】(ことぶき事件)

    美容室の総店長として勤務していた者が、退職時に無断で顧客カードを持ち出し、他店で勤務する際に利用していたという事案について、次のように判断しています。

    顧客カードの管理状況について見ると、リプル店において、顧客カードは、リプル店の顧客が自由にこれを見ることができるような状態に置かれてはいなかったものの、単に輸ゴムで束ねられ、カウンターの下の三段ボックスや顧客の荷物置場に保管されていたにすぎず、これに秘密とする旨の格別の表記等もされず、被告が顧客カードを持ち出した当時、これが施錠できる場所に保管されていたわけではなく、また、パソコンに入力されていた顧客情報についても、パスワードの設定がされておらず、従業員が自由に顧客情報にアクセスすることができる状態に置かれていたものと認められるのである。そうすると、顧客カードは、秘密に管理され、情報の漏洩防止のための客観的な管理下に置かれていたとは認め難いから、顧客カードにつき、上記の秘密管理性を認めることはできない。

    顧客カードは「営業秘密」に当たらないから、被告が顧客カードを持ち出した行為を不正競争防止法2条1項4号の「不正競争」と認めることはできないが、その有用性及び非公知性は肯認されるのであって、たとえ従業員であってもこれを原告の承諾なく持ち出して、リプル店の営業活動以外の目的で使用するのは、不法行為に当たるというべきである。

     

     

    ■不法行為等の成立を否定した裁判例


     

    【最高裁平成22年3月25日判決】

    工作機械部品等製造会社を競業避止義務特約の定めなく退職した従業員が、別会社を事業主体として同種の事業を営み、退職した会社の取引先から継続的に仕事を受注した行為につき、退職のあいさつの際などに取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの、取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、退職した会社の営業秘密に係る情報を用いたり、信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではなく、また、退職直後に会社の営業が弱体化した状況を利用したともいい難い等の諸事情を総合し、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえず、不法行為に当たらないとされた事例。

     

    【東京地裁平成20年11月7日判決】(スタートレーディング事件)

    従業員は退職後に使用者に対して競業避止義務を負うものではなく、自由競争を逸脱するような方法で使用者の顧客を奪取したような場合に例外的に不法行為が成立する余地があるにすぎない。

    被告Bは、原告の顧客に対し、退職の挨拶をする際に新たに会社を始めることを告げたところ、求められるままに価格表等を提示してこれによって取引が開始されたことが認められる。そうすると、被告Bは、原告における営業担当者であったことを活用して顧客を獲得したという面があることは否定できない。ただ、その際、原告よりも極端に取引条件を有利にしたとか、原告との取引を止めるよう執拗に勧めたとか、原告について何か虚偽の事実を告げたとか等の事情は認められない。また、これら顧客としても、長年取引のあった原告との取引を中止し、新たな業者と取引を開始することは相応の危険を伴うことであり、顧客が取引に応じたということは、顧客自身の選択でもある。そのように考えると、被告Bないし被告会社の行なった取引が自由競争を逸脱した取引であるとは認められない。

     

    【東京地裁平成20年7月24日判決】

    被告は、原告を退職後、新会社の設立準備中に、偶々、Gからプロジェクトのコンペに参加するよう打診を受け、被告が原告の従業員として稼働していた際に知り得た業務上又は技術上の秘密等を利用することなく、退職後に自ら行った現地調査や周辺環境の調査等を元に、それまで培った知識・経験等を生かして企画書を作成・提出し、顧客のコンペにおいて最も高い評価を得たがために、受注に至ったのであって、これを自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできない。

     

    【大阪地裁平成12年9月22日判決】

    すでに被告会社を退職していた被告石井が,被告会社と競合する新規事業を計画し,その遂行に必要な従業員を確保し契約園を募るなどした結果,被告会社の従業員の一部がこれに応じて被告会社を退職し,被告会社が受託していた幼稚園の一部が被告会社との契約を解消したとしても,そのような被告石井の競業行為やこれに呼応した従業員の行為が当然に被告会社に対する背任行為等として不法行為となるものではない。

     

     

    ■まとめ


     

    以上から、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、元雇用者の顧客を奪取したとみられる場合には、元従業員の行為が違法と判断され、損害賠償を受ける可能性があります。

     

    それでは、具体的にどのような場合に、「社会通念上自由競争の範囲を逸脱する」と評価されるおそれがあるかといいますと、次のような行為が挙げられます。

    ・退職した会社の営業秘密に係る情報を用いて営業活動を行う。

    ・退職した会社について虚偽の事実を告げたり、その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行う。

    ・退職直後に退職した会社の営業が弱体化した状況を利用して営業活動を行う。

    ・顧客に対し、退職した会社よりも極端に取引条件を有利にする。

    ・顧客に対し、退職した会社との取引を止めるよう執拗に勧める。

     

    他方、次のような行為については、自由競争の範囲内と解されます。

    ・退職のあいさつの際などに取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のこと

    ・取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用する程度

    ・退職後に、それまで培った知識・経験等を生かして企画書を作成・提出し、顧客のコンペにおいて評価を得て、受注に至った場合

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    2022.02.15

    【不動産売買】中古建物の設備の瑕疵(契約不適合)

    中古建物売買

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    中古建物の売買において、設備に不具合があった場合に、契約不適合責任(旧民法では瑕疵担保責任)を負うか、あるいは追及できるかという質問を、顧問先である不動産会社などから受けることがありますが、

    中古建物の設備であっても、契約上有すべき、あるいは同様の中古建物の設備として通常備えるべき、品質・性能を有していなければ、それは契約不適合(瑕疵)にあたります。

     

    これに対し、同程度の築年数の中古建物においては通常生じ得る経年劣化による設備の不具合については、契約において特別に保証していない限り、契約不適合(瑕疵)にはあたりません。

     

    なお、中古建物の売買においては、契約不適合責任(瑕疵担保責任)免除条項が定められていることが多く、契約不適合(瑕疵)に該当しても、損害賠償請求等が認められない場合がありますので、注意が必要です。

     

    ■肯定した裁判例


     

    【東京地裁平成26年9月25日判決】

    電気・水道メーターは、検定証印が表示する有効期間をいずれも徒過していたことが認められ、そのようなメーターを使用することは計量法上許されないことから、電気・水道メーターには瑕疵があり、また、メーターがボックスの中などに設置され、一見して分からない場所にあることからすれば、電気・水道メーターの有効期間の徒過は、隠れたる瑕疵に該当するとしつつ、

    ただし、瑕疵担保責任免除条項の適用を認め、結論として、損害賠償請求は否定しています。

     

    【東京地裁平成26年7月16日判決】

    建物が、留学生らのための「ゲストハウス」であって、当初の部屋割に比して多数の人を居住させていることや、売買の前後を通じて賃貸借関係が継続していること、さらには、建物の売買価格の決定要素について何ら主張立証がないことをも併せ考慮すると、売主である被告として、内覧をしても判明し得なかったような「瑕疵」については責任を負うが、外観、内観上の汚れ、カビ、破損等についてまで損害賠償責任を負うものと解することはできないとしつつ、

    〈1〉給湯器の不完全燃焼による給湯停止、〈2〉103号室の漏水、〈3〉屋上部分の防水の欠陥については、その位置や状況、性質等に照らし、内覧によっても直ちに発見、確認することは困難であると推認されるものであって、「ゲストハウス」として留学生らに賃貸使用させている間においても、これを補修する必要があることは明らかであるから、被告において瑕疵担保責任を負うと解するのが相当であると判示しています。

     

    【東京地裁平成26年4月25日判決】

    建物2階のガス配管の欠如、各室給湯器の欠如、水道利用加入金の未払、2階部分水道メーターの欠如について、

    建物の1階は1世帯部屋、2階は独立したワンルーム6部屋となっていたところ、上記各部屋には水道及び給湯蛇口並びに風呂が存在することが認められること、宅地建物取引業者である被告が、売買契約締結に際し、原告に対し、建物に、故障不具合がないガス給湯器が全世帯個別の台所、浴室、洗面所に付帯していること、公営水道及び都市ガスは、直ちに負担金なく利用可能であること、給排水管の故障は発見していないことの説明をしたことに照らすと、上記説明内容は、当事者の特に保有すべきものと定めた性質であり、かつ、これらが建物に備わっていないことは、通常人の普通の注意では発見できないとして、瑕疵担保責任を認めています。

     

    【東京地裁平成25年3月11日判決】

    被告からルーフバルコニー付きの居住用マンションの1室を買い受けた原告が、上階のバルコニーのアルミ手摺の縦格子がルーフバルコニーに落下し、また、落下するおそれがあったため、ルーフバルコニーを使用することができなかったと主張して、被告に対し、売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償をした事案につき、

    ルーフバルコニーに人がいた場合には身体への危険が及ぶものと認められ、また、本件建物の上階のバルコニーのアルミ手摺の部材には他にも一部緩み又はずれがあって落下する危険があったと認められるのであるから、本件建物に付属するルーフバルコニーは、通常備えるべき品質・性能を欠いていたものというべきである。そして、ルーフバルコニーは、マンションの共用部分であって、本件建物そのものではないけれども、規約上、玄関扉、窓ガラス等と同様に、区分所有者がその専用使用権を有することが承認されていることに照らせば、本件建物に付随するものとして、本件売買の目的物に含まれるというべきである。したがって、ルーフバルコニーに瑕疵があったことについて、売主である被告は、原告に対し、売買の目的物に隠れた瑕疵があったものとして、瑕疵担保責任を負うというべきであると判示しています。

     

     

    ■否定した裁判例


     

    【東京地裁平成29年1月12日判決】

    売買契約において予定されていた目的物である建物は、一般的な居宅であるもののその時点でいわゆるシェアハウス仕様に一部改装され、複数人に賃貸されていたものであり、本件建物に瑕疵があるか否かは、シェアハウスとして予定されていたことを前提として、そのような目的物が有すべき通常の品質・性能に照らして瑕疵があるか否かを判断すべきであるということを前提としつつ、

    仮に原告が主張する不具合がサッシ網戸にあったとしても、本件建物を一般的な居宅として使用することができないとはいえないし、築後30年を超える中古住宅である本件建物が有すべき通常の性能を欠いていると評価することもできない。また、本件不動産が現にシェアハウスとして転貸されていたことからも明らかであって、サッシ網戸に不具合があることをもって本件建物に瑕疵があるということはできない。

    また、原告は、テレビが見られない部屋を賃貸することなど考えられないとして、地上デジタルテレビジョン放送の受信装置の不備を本件建物の瑕疵と主張するが、同設備が建物の一部ではないことは明らかであるし、地上アナログテレビジョン放送の放送終了前の売主が、同放送の終了に備えて地上デジタルテレビジョン放送の受信装置を整える義務はないから、地上デジタルテレビジョン放送の受信装置の不備をもって本件建物に瑕疵があるということはできないなどと判示しています。

     

    【東京地裁平成28年3月29日判決】

    原告らが、建物1階の電気子メーターが3階に、3階の電気子メーターが1階に接続されていることが隠れた瑕疵に当たると主張したのに対し、

    被告による建物に関する瑕疵担保責任の範囲は、売買契約の契約条項で「建物の雨漏り、シロアリの害、建物構造上主要な部位の木部の腐食、給排水管の故障の瑕疵」に限定されており、原告らの主張する電気子メーターの瑕疵については、同項所定の瑕疵に当たらないと判示しています。

     

    【東京地裁平成28年7月14日判決】

    建物の外壁に複数の爆裂が存在すること、ルーフバルコニー及び外壁斜壁周辺の防水機能が低下したことによる漏水、建物1階の排水管からの漏水、手すりの取付部分が緩んでいること、ベランダの水道管に腐食が発生していること、いずれについても、築23年の中古建物においては通常生じ得る経年劣化によるものと考えられるところであって、これが瑕疵に当たるとは認められない旨判示しています。

     

    【東京地裁平成26年5月23日判決】

    本件空調設備は、業務用エアコンの法定耐用年数である15年を大幅に超える約30年を経過し、現在、運転状況に特段の問題はないものの、老朽化が進んでおり、経年劣化により消費電力が増加し、また、新品時のような冷暖房効率は発揮できない上、近い将来正常に作動しなくなり、修理が必要となった場合には、もはや部品を調達できず、空調設備の交換を余儀なくされるおそれがあるといえる。

    しかしながら、本件各建物のように、新築から長期間が経過したテナントビルの売買においては、これに付帯する空調設備も相応の経年劣化があり、上記のような問題点が存することは、容易に想定し得るものである。

    また、原告代表者は、本件マンションに空調設備が存在することを認識していたものと認められるところ、本件全証拠によるも、本件売買において、被告が、原告に対し、本件マンションの空調設備について一定の品質・性能を保証したような事情を認めるに足りない。

    以上によれば、本件各建物が本件売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず、民法570条にいう瑕疵があるということはできないと判示しています。

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    2022.02.04

    【損害賠償】不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を、元本に組み入れることはできるか?

    遅延損害金

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    早速、タイトルへの回答ですが、「できない」と最高裁令和4年1月18日判決は、判示しましたので、ご紹介させていただきます。

     

    ■民法405条の趣旨


     

    同条には、「利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。」と定められています。

     

    これは、債務者において著しく利息の支払を延滞しているにもかかわらず、その延滞利息に対して利息を付すことができないとすれば、債権者は、利息を使用することができないため少なからぬ損害を受けることになることから、利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たものと解されています。

    そして、遅延損害金であっても、貸金債務の履行遅滞により生ずるものについては、その性質等に照らし、上記の趣旨が当てはまるということができるとされています(大審院昭和17年2月4日判決)。

     

    ■問題の所在


     

    では、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金についても、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることができるかが問題の所在です。

     

    ■不法行為に基づく損害賠償債務


     

    この点、最高裁令和4年1月18日判決は、次のように判示して、否定しました。

     

    不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから、債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできない。

    また、不法行為に基づく損害賠償債務については、何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており、上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。

    そうすると、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金については、民法405条の上記趣旨は妥当しないというべきである。

     

    したがって、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできないと解するのが相当である。

     

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    2022.02.02

    【建物賃貸借】借家の修繕義務を賃借人に負担させる特約の有効性

    建物の修繕

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    顧問先の不動産会社から、借家の設備が破損した場合の修繕義務を賃借人に負担される特約は有効か質問を受けました。

    民法第606条1項には「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」と定めれていますが、特約で、反対に賃借人に修繕義務を負担させることができるかという質問です。

     

    結論から申し上げると、修繕義務を賃借人に負担させる特約は、基本的に有効です。

     

    ちなみに、同条項但書には、「賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」と定められており、賃借人の故意・過失等により、修繕が必要になった場合には、特約がなくても、賃貸人は修繕義務を免れます。

     

    ■賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約の違い


     

    ところで、賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約とは、似ていますが、意味合いが少し異なります。

     

    前者の賃貸人修繕義務免除特約は、単に、賃貸人の修繕義務を免除するものにすぎず、賃借人に修繕義務や修繕費用を負担させる内容ではありません。

     

    これに対し、賃借人修繕負担特約は、積極的に、賃借人に修繕義務を負担させる特約です。

     

    この点に関連し、【最高裁昭和43年1月25日判決】は、次の通り、原判示の事実関係のもとにおいては、「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の特約の趣旨について、賃貸人修繕義務免除特約ではあるが、賃借人修繕負担特約ではないとしています。

    賃貸借契約書中に記載された「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の条項は、単に賃貸人民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず、賃借人が家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損個所を自己の費用で修繕し、家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとした原判決の判断は、正当である。

     

    ■裁判例


     

    【東京地裁平成27年8月26日判決】

    同判決は、「賃貸人と賃借人は、賃貸人の修繕等義務を免除する旨の特約を締結することができ、その場合、賃貸人は修繕等義務を免除されると解される。」とし、「本件物件の設備等の修理交換義務を賃貸人は一切負わない旨の特約が記載されている賃貸借契約書を示され、これに署名押印をしたこと」などから「トイレ及び台所の水回りの修繕並びにネズミの対策をする義務を免除されたと認めることができる。」と判示しています。

     

    なお、賃借人は、賃貸人が修繕等義務免除特約を主張することは権利濫用であると主張しましたが、「賃借人は本件物件を内覧したうえで本件賃貸借契約を締結していること及び本件物件の賃料が近傍の同面積の建物賃料に比して低廉であることからして、賃貸人が上記特約を主張することが権利濫用であるとまでは解することができない。」としてその主張を排斥しています。

     

    ■賃借人修繕負担特約が無効になる場合とは?


     

    【東京地裁平成25年12月19日判決】

    同判決は、「賃貸借契約においては、専用部分の修理は賃借人の負担とする旨の特約があるところ、

    専用部分である本件居室に係る必要費のうち、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用のようなものについては、賃借人の負担とする上記特約は直ちに信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができないが、他方、修繕費等のうち、例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、かつ、多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とすることは信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができ、そのような修繕費等につき賃借人の負担とする規定部分は消費者契約法10条によって無効とされるべきものということができる。」と判示しています。

     

    すなわち、

    ・(例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、)一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、

    かつ

    ・多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とする

    ような特約は、無効となります。

     

    もっとも、当該裁判例の事案では、ガス器具のリモコン操作部の修理費2万円の支出を含め、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用であって、しかもその金額も多額に及ぶといえるものでないことに照らすと、これらを賃借人の負担とする特約が無効であるということはできず、同特約により、これらの支出は賃借人が負担すべきものであると判示しています。

     

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    2022.01.28

    【企業法務】人材紹介において内定を取消した場合の紹介手数料請求を認めた事例

    人材紹介

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    当事務所には、顧問先の1つに人材紹介会社もありますが、人材紹介契約に関し、参考となる裁判例(東京地裁令和2年11月6日判決)がありましたので、ご紹介させていただきます。

     

    ■事案の概要


    人材派遣等を業とする原告が、病院等を経営する被告に対し、求職者Aを紹介しましたが、被告がAの採用内定後に内定を取り消したことから、この内定取消しは被告の都合によるものと主張して、かかる場合でも紹介手数料を支払うべきことを定めた人材紹介取引契約の条項に基づき、紹介手数料や遅延損害金の支払を求めた事案です。

     

    ■争点


    人材紹介契約(本件契約2条6項)には、被告は、内定通知を行いAがこれを受諾した後、「被告の都合」により内定を取り消した場合でも、原告に手数料を支払うものとする旨の条項が定められていたことから、内定取消が「被告の都合」に該当するか否かが争われました。

    この点、判決は、「本件契約3条1項が、専ら入職者の責めに帰すべき事由により退職した場合に限り返金を認めているところ、解雇により退職した場合には、法令に則った正当な解雇の場合に限っていることを踏まえると、客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認することができない内定取消しについては、本件契約2条6項にいう被告の都合による内定取消しに当たるものとして、紹介手数料の支払を免れないものと解するのが相当である。」と判示しました。

     

    要は、

    客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認できる内定取消の場合には、人材紹介料を払わなくても良いが、

    客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認できない内定取消の場合には、人材紹介料を支払わなければならない

    と判示したのです。

     

    ■被告の主張


    上記争点について、被告は、次のように主張しました。

    被告が求めていた人材は、健診センターのチーフマネージャーであり、極めて重要な職位であるところ、Aは、履歴書返送時の送り状において、被告の名称も間違えていた。

    また、履歴書及び職務経歴書を確認してみたところ、現在の勤務先について齟齬、矛盾のある記載を見つけた。このように、Aが被告に提出した履歴書や職務経歴書には、本人しか確認しえない学歴、職歴について誤謬、虚偽、矛盾した標記が何か所にもわたって存在しており、一般常識人として求められる真面目さ、正確さの欠落した注意力散漫かつずさんな性格のみならず、論理的思考力の弱さ、思考回路の混乱の疑いが、内定予定後に一挙に露顕した。これを受けて、被告は、Aは、健診センターのチーフマネージャーとしての適格性を欠くと判断し、採用を見送ったものである。

    よって、内定を取り消したのは、専らAの過誤、過失に起因するものであって、被告の都合によって内定を取り消した場合に当たらない。

     

    ■裁判所の判断


    この被告の主張について、裁判所は次のように判断し、人材紹介料や遅延損害金の支払いを命じました。

    確かに、履歴書と職歴経歴書には、誤記や、齟齬・矛盾のある記載が認められる。しかしながら、年齢の記載、職歴欄と自己PR欄の齟齬は、Aが以前に使用した履歴書や職歴経歴書を上書きせずに使いまわしたことから生ずる誤記と推認でき、経歴を詐称しようとするなどの悪質な意図に出たものとは認められない。その他の誤記についても、注意力がやや欠落している点は否めないものの、単純な誤りであって、虚偽の経歴を意図的に記載したとまでは認めるに足りない。また、履歴書返送時の送り状の誤記についても、漢字の変換ミスにとどまるものである。

    そして、被告は、面接時には、すでに、履歴書と職務経歴書のうち、入学・卒業の各年度と年齢の記載に誤りがあることに気づいており、それ以外の誤記も、通常の注意をもって読めば、内定決定前に気づくことが十分可能であったといえる。

    そうすると、被告がAの採用内定を取り消した事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であったとはいえず、解約権留保の趣旨、目的に照らしてみたときに、被告の内定取消しが、客観的に合理的で社会通念上も相当なものとまではいえない。

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    2022.01.26

    【不動産・相続】使用貸借は借主の死亡により終了するか?

    使用貸借の相続

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    使用貸借とは、借主が無償で使用・収益して、契約が終了したときに変換する契約です(民法593条)。

     

    民法597条3項(旧民法599条)は借主の死亡を使用貸借の終了原因と定めています。

    その理由について、一般に、使用貸借は借主その人に重きを置く契約であり、貸主の借主に対する信頼関係に基づいて無償とされているから、使用借権は一身専属的権利であって相続になじまないものであるからと説明されています。

     

    そこで、借主が死亡した場合には、使用貸借が終了し、原則として、その権利は相続されません。

     

     

    ■例外的に、継続が認められる場合も


     

    もっとも、同条項は任意法規であり、特約によって同条の適用を排除することは可能です。

     

    そこで、借主が死亡しても使用貸借が終了しない旨の黙示の特約が認められたり、個々の事案において、借主側の居住利益を考慮した時、貸主による借主死亡を理由として借用物の返還請求が権利の濫用にあたるとして認められない場合もあります。

     

    学説や判例では、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては通常その目的に従った土地使用を終わるまで本条の適用を排除する黙示の合意があるとして特約の認定を緩やかにしたり、あるいは建物所有を目的とする土地の使用貸借については個人的考慮を重視する必要がないから同条の適用がないとして同条の適用を否定する考え方が有力とされています。

     

     

    ■土地に関する裁判例


     

    (終了を認めなかった裁判例)

    東京地裁平成5年9月14日判決

    同判決は、親族間の建物所有目的での土地の使用貸借について、「土地に関する使用貸借契約がその敷地上の建物を所有することを目的としている場合には、当事者間の個人的要素以上に敷地上の建物所有の目的が重視されるべきであって、特段の事情のない限り、建物所有の用途にしたがってその使用を終えたときに、その返還の時期が到来するものと解するのが相当であるから、借主が死亡したとしても、土地に関する使用貸借契約が当然に終了するということにはならないというべきである。」とし、

    当該土地の使用目的は原告の経営する企業のための工場の所有にあると認められるのであって、他に被告製作所の経営主体が原告ではなくなる等の特段の事情がない限り、当該土地の使用貸借契約も工場が存続している限りは存続しているものと解するのが相当である旨判示しています。

     

    東京地裁昭和56年3月12日判決

    同判決は、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては、土地の使用収益の必要は一般に当該地上建物の使用収益の必要がある限り存続するものであり、通常の意思解釈としても借主本人の死亡により当然にその必要性が失われ契約の目的を遂げ終るというものではないから、建物所有を目的とする土地の使用貸借につき、任意規定・補充規定である旧民法599条が当然に適用されるものではない旨判示しています。

     

    (終了を認めた裁判例)

    東京地裁平成3年5月9日判決

    同判決は、使用貸借の借主が死亡した事案ではありませんが、「使用収益の目的とは、使用貸借契約の無償契約性に鑑みて、建物の使用貸借における居住目的あるいは宅地の使用貸借における建物所有目的といった一般的、抽象的な使用、収益の態様ないし方法を意味するものではなく、当事者が当該契約を締結することによって実現しようとした個別的、具体的な動機ないし目的をいうものと解すべきである。」ということを前提としつつ、

    親Xと娘婿Yとの間の建物所有のための土地使用貸借契約は、XにおいてXの自宅を娘に相続させることを前提としあらかじめYおよびその家族がX夫婦と同一敷地内に居住しX夫婦の老後の面倒をみるなど親族として相互に援助しあうことを目的とするものであったが、娘の病死によって、その目的は遂に果すことができなくなり、またX夫婦とYとはこの事態に直面しての互いに相手の立場を思いやる配慮に欠けた言動の積み重ねによつて相互に不信を募らせ既にその間の信頼関係は破壊されてしまっているのであるから、XがYに対して土地を無償で使用させるべき実質的な理由はなくなったものというべきであって、旧民法597条2項但書の規定を類推適用してXのした解約の意思表示によって終了した旨判示しています。

     

     

    ■建物に関する裁判例


     

    最高裁平成8年12月17日判決

    「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。」と判示して、占有権原がないことを理由とした賃料相当額の損害賠償請求等を否定しています。

    その理由について、同判決は、「建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。」と判示しています。

     

    東京高裁平成13年4月18日判決

    同判決は、建物の使用貸借について、「旧民法599条は借主の死亡を使用貸借の終了原因としている。これは使用貸借関係が貸主と借主の特別な人的関係に基礎を置くものであることに由来する。しかし、本件のように貸主と借主との間に実親子同然の関係があり、貸主が借主の家族と長年同居してきたような場合、貸主と借主の家族との間には、貸主と借主本人との間と同様の特別な人的関係があるというべきであるから、このような場合に旧民法599条は適用されないものと解するのが相当である。」と判示して、使用借権の相続を認めています。

  • qa

    2022.01.12

    【企業法務】代表取締役を解職された場合、損害賠償請求できるか?

    代表取締役社長

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    取締役などの役員は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。理由のいかんを問いません。

     

    ただし、解任について正当な理由がない場合には、解任された取締役は、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償請求をすることができる旨が会社法に定められています(同条2項)。

    詳しくは、【取締役の解任】職務不適任を理由とする「正当な理由」の該当性をご参照ください。

     

    ■問題点


     

    それでは、取締役会において、代表取締役を解職された場合、任期の間、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額について、損害賠償請求できるのでしょうか?

     

    最近、このようなご相談を受けましたので、調べてみましたが、この点について解説をしている文献はあまり多くはなく、裁判例を1つ見つけました。

     

    法律上の根拠としては、会社と代表取締役とは委任の関係にあるところ(会社法330条)、民法651条2項は、委任においては、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、やむを得ない事由があったときを除き、相手方の損害を賠償しなければならない旨定めていることから、代表取締役の解職決議に民法651条の適用があり、同条2項に基づき損害賠償請求できるかが問題となります。

     

    ■富山地裁高岡支部平成31年4月17日判決


     

    当該判決は、次のように判示して、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額に関する損害賠償請求を否定しています。

     

    代表取締役の解職の手続に、委任解除の規定である民法651条が適用されるかは一つの問題ではあるが、仮にその適用があるとしても、同条2項における「相手方に不利な時期」とは、委任に係る事務処理自体との関連において不利な時期をいうものと解され、また、同項にいう損害とは、解除の時期の不当なことによる損害をいうものと解される。

     

    そして、報酬を支払う旨の約定のある有償の委任契約においては、解除により将来の報酬債権が生じないことは当然であって、委任は各当事者がいつでも解除することができるものである以上、受任者が将来得べかりし報酬は、当然には解除の時期の不当なことによる損害として上記損害に含まれるものではないというべきである。

     

    なお、当該訴訟において、原告は、代表取締役はその役職に伴う重責を背負いながら、他方で、いつ、いかなる理由であろうと解職され、報酬請求権を失うというのでは、代表取締役は極めて不安定な立場に置かれ、不当である旨主張していますが、この点について、当該判決は、次のように判示しています。

     

    明文上、代表取締役の報酬を保護する規定はないうえ、代表取締役が代表の地位を退き、これに伴う報酬の減額があったとしても、取締役としての地位を失うものではなく、これに対応する報酬請求権は得られるのであるから、著しく酷というものではなく、それが不当であるということはできない。

     

    ■会社法339条2項の類推適用


     

    もっとも、代表取締役を解職された場合にも、取締役が解任された場合の会社法339条2項の類推適用がされるか否かについては争いがあり、これを肯定し、正当な理由なく解職された代表取締役は会社に対し、損害賠償請求できるとする見解も存在します。

  • qa

    2021.12.20

    【賃貸借】迷惑住民の明渡

    迷惑住民

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    顧問先の不動産会社から、騒音を発生させたり、隣室や上階の入居者とトラブルを繰り返している賃借人を立ち退かせることができるかとの相談を受けましたので、裁判例を調べてみました。

     

    結論から申し上げますと、迷惑行為も賃貸借契約の解除事由になり得えます。ただし、信頼関係の破壊に至っているかケースバイケースの判断が必要になりますので、数ヶ月分以上家賃を滞納しているような事案ほど単純ではありません。

     

    ■解除を認めた判例・裁判例


     

    最高裁昭和43年9月27日判決

    まず、最高裁の判例を紹介させていただきますが、これは賃借人の1人が賃貸人に対し暴力を振るうなどした事案です。すなわち、賃借人の1人の賃貸人に対する傷害行為は家屋の明渡をめぐる紛争に端を発したものであるところ、賃借人らはその謝罪、損害賠償について全く無関心であったのみならず、その後ガレージを無断で築造し、賃貸人からの抗議にもかかわらず、賃借人方においては頑としてこれに応じなかったという事案につき、

    これらの事実関係によれば、賃借人らは現に家屋の用法に関し、賃借人としての義務に違反するのみならず、同人らのその前後の態度からして、賃貸人としては、賃借人らが将来も賃借人としての義務を誠実に履行することを期待しえないものというべきであるから、これら賃借人らの所為および態度は、賃借人ら全員について賃貸借契約の即時解除の原因となりうるものと解するのが相当である旨判示しています。

     

    東京高裁平成26年4月9日判決

    控訴人は、近隣住民等に対して迷惑行為を行い、これについて被控訴人から再三口頭で注意を受け、更にこれが特約違反となり解除事由となると書面によって指摘されても、近隣住民等に対する迷惑行為を繰り返しており、また、これにより生じた近隣住民等との間のトラブルに対して近隣住民等からの申出による話合いもしていない。これらのことに加え、控訴人の度重なる迷惑行為によって近隣住民等には耐え難い深刻な事態となり、近隣住民等が警察及び区役所に対する要望書に連名で押印の上で提出するに至っていること、さらに、控訴人は建物の隣室の入居者に対しても迷惑行為を行ったばかりか粗野な行動をとって不快の感を抱かせ、ひいてはこれに耐えかねた同入居者が被控訴人との間の賃貸借契約を解約して退去するに至り、賃貸人である被控訴人に対して同室の長期間の賃料の受領不能及び同室の新入居者を決めるための同室の賃料の減額という経済的損失まで与えていること、控訴人は当該訴訟の係属中にされた解除の後においても同室に入居した者に対して同様の迷惑行為を行い、同入居者から賃貸人である被控訴人に対して苦情の申入れがされているという事案について、

    賃貸借契約の基礎となる賃貸人である被控訴人と賃借人である控訴人との間の信頼関係は、特約が定める禁止行為に該当すると認められ、特約に違反する控訴人による近隣住民等に対する度重なる迷惑行為によって著しく損なわれ、完全に破壊されており、その回復の見込みはないといわざるを得ないとして、解除を認めています。

     

    東京地裁平成17年3月7日判決

    ・控訴人が建物に入居したころから、マンションにおいて、何かを叩くような騒音が一年程の間、昼夜を問わず、毎日、1日に何十回も不規則な間隔で発生し、その後も現在に至るまで、深夜12時過ぎから明け方4時から5時までの間に、1、2時間おき程度の間隔でそれぞれ1ないし3回同様の騒音が発生していること(本件騒音)

    ・本件騒音に耐えられなくなった入居者が数名、賃貸借契約を解約してマンションから退去していっており、また、マンションの入居者が本件騒音を問題にして、不眠や健康被害を訴えていること

    ・控訴人は、マンションの廊下まで音が漏れる程度の音量で、テレビを一晩中つけっぱなしにすることがあること

    ・A夫婦が、控訴人に本件騒音について話し合いを持ちかけたところ、控訴人は、A夫婦に対し、「俺は、前に住んでたところで家主をぶん殴ったんだぞ。」と言ったこと

    ・Dが控訴人に騒音の苦情を申し入れたところ、控訴人は、Dとの間で言い争いとなったこと

    ・控訴人は、Cの介護人であるEに対し、「お前か、グチグチ言っているのは、ぶっ殺すぞ。」と言ったこと

    これら事実を認定し、解除条項に違反している旨判示しています。

     

    東京地裁平成17年2月28日判決

    ・被告居宅内で深夜から明け方にかけての時間帯に、「バカモン、バカモン」などと訳の分からないことを大声で言い続けたり、

    ・部屋の中の物をたたくような音を出したりしてアパートの住民の安眠を妨げたり、

    ・アパートの住民を同アパート付近で見つけると近寄ってきてなかなか離れず、一部の住民に対しては、その住民の職場前まで追いかけて住民を怖がらせたり、

    ・昼夜問わず酒に酔ってアパートの住民に大声で怒鳴ったりし、

    ・このような原告への対処に困った住民が、110番通報をして警察官に臨場してもらったことが何度もあるほどで、現在も同様の行為が続いていること、

    ・被告が、アパートの空地部分に、壊れた自動二輪車や、衣装ケース入りの衣服、ビニールシートなどを乱雑に積み上げて放置し続けており、原告が注意をしても聞き入れなかったこと、

    ・原告やアパートの住民全員が、賃貸借契約において被告の保証人となっている区に対して被告の行状を陳情し、区から被告に注意をしてもらっても、被告の態度は改められなかったこと。

    これらの被告の行動は、特約に規定された「近隣の迷惑となる行為」にあたり、このような行為によって、原、被告間の信頼関係は破壊されたものと認められるから、解除原因があるということができ、賃貸借契約は、無催告でなされた本件解除により終了したものといえると判示しています。

     

    大阪地裁平成1年4月13日判決

    同判決は、公営住宅における迷惑行為のケースですが、Aは、音に異常な程過敏でかつ粗暴であるところから近隣居住者の通常の生活から必然的に発生する各種の音(生活音)に対し異常な反応を示し、その生活音を発生させた近隣居住者に対し「音がうるさい。」と怒鳴り込み、立腹の余りその仕返しと称して居室において日常的に故意に騒音等を発生させ、時には暴行脅迫に及ぶというもので、Aのこのような生活妨害行為のため、殊にAの居住する居室の真下に当る二〇一号室は原告の入居前から、誰が入居したとしてもその物的設備を通常の用法に従って円満に使用できないのみならず人として通常の平穏な生活を営むことができず、このことによる不利益や精神的苦痛は通常人の受忍限度をはるかに越えていたものと認められるから、二〇一号室は原告の入居前から本件状態を欠いていたものというべきであるとし、

    Aの原告に対する前記生活妨害行為は、賃貸人に対する賃貸借契約上の義務に違反し、かつ賃貸人との間の信頼関係を破壊するに足りるものであったから、賃貸人としては、Aに対し賃貸借契約を解除のうえ明渡を求めることもできた旨判示しています。

     

     

    ■解除を認めなかった裁判例


     

    他方、賃貸人が賃借人の迷惑行為を理由に解除を主張したけれども、これが認められなかったものとして、次の裁判例があります。

     

    東京地裁平成27年2月24日判決

    6歳の長男が、三〇五号室のドアにマニキュアを付けたこと、マンションの三階の通路付近で大便を漏らしたこと、同通路付近に竹輪と納豆ご飯を放置したことがあったについて、その父親に一部損害賠償を認めつつ、長男が、当時六歳であったこと、各行為の内容及び程度、及び、被告らは、警察からの連絡により、長男から話を聞き、長男に対する監督を強めたという経緯に照らし、賃貸借契約の継続が困難である程度まで、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと評価することはできず、また、解除条項所定の事由が存在するということもできないと判示しています。

     

    東京地裁平成19年1月12日判決

    ・被告は、建物を賃借してからの約5年間は、格別問題となるような事態を発生させた事実はない。

    ・平成14年7月になって、建物の玄関前の共用廊下に食器、棚、雑誌等かなりの量の荷物を放置していた事実が認められるが、このときには、父親である連帯保証人Bの協力により、2か月程度のうちに解決したことが認められる。

    ・隣人との関係については、平成17年2月12日に306号室の前居住者の母親から、被告が昼夜関係なく建物の玄関前辺りで意味不明の被害妄想的な言葉を発するなどしたり、ドアノブをガチャガチャさせるなどしたとして、原告に連絡があったことから、306号室の前居住者が怖がっていたという事実を認めることはできるが、被告が307号室のドアではなく、306号室のドアをガチャガチャさせていたことを認定するに足りる証拠はなく、被告に加害意思があった事実を認めることはできない。

    ・また、その後、306号室の前居住者が、他の賃貸物件に転居することなく、結局のところ、同一建物である×××の別の階に移転しただけに止まったことからすれば、306号室の前居住者が受けた被害も比較的軽いものであったことが推認されるというべきである。

     

    以上によれば、被告との関係で必ずしも受忍しがたいような状況があると認定することはできないとして、信頼関係を破壊するまでの行為があったとはいえないとして解除を認めていません。

  • qa

    2021.12.02

    【不動産】私道における駐車の可否

    迷惑駐車

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    私道の地形上、自動車による通行ができない場合や、自動車の通行が危険である場合、自動車による通行はしない旨の特約がない限り、私道を自動車で通行をすることは認められると考えられます。

     

    では、自動車での通行権が認められる場合でも、私道に駐車することは許されるでしょうか?

     

    裁判例を見る限り、一時的な停車については認められても、長時間の駐車については、もはや通行と同視することができず、他人の通行を妨害するものとして許されず、妨害の排除(自動車の他の場所への移動)が認められています。

     

    駐車と停車の違い


     

    道路交通法上の駐車とは、「車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により継続的に停止すること(貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための停止を除く。)、又は車両等が停止し、かつ、当該車両等の運転をする者がその車両等を離れて直ちに運転することができない状態にあることをいう。」と定められています(第2条1項18号)。

    車両の継続的な停止ですが、単に時間の長短だけでなく、運転者の意思や具体的状況によって判断されます。

     

    これに対し、道路交通法上の停車とは、「車両等が停止することで駐車以外のものをいう。」と定められています(同条項19号)。例えば、貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための自動車の停止です。

     

    ■囲繞地通行権に基づく場合


     

    東京高裁昭和50年1月29日判決は、「袋地所有者が営業上小型貨物自動車を出入りさせ、一時停車させる必要があり、囲繞地所有者も自動車の使用による便益を享受しているなどの事情があるときは、袋地所有者は、幅員2.67メートルの囲繞地通行権を認められるべきであるが、その内容は、小型自動車による通行及びその停車を含むが駐車を含まないものと認めるのが相当である。」旨判示しています。

     

    ■賃貸借に基づく場合


     

    東京地裁昭和63年2月26日判決は、「本件土地の有効幅員は二・七五ないし二・七六メートルに過ぎず、被告らが乙地に住むようになるまで、本件土地に常時、車を駐車させた者はいなかったこと、被告らは原告建物の玄関の前方に車を駐車させることがあり、本件土地に駐車されることによって、原告及びその家族の通行及び居住が不便となるものであること、被告らに本件土地に駐車させないよう注意したが、被告らは本件土地に専用賃借権を有するとの考えのもとに右の注意に応じなかったことが認められる。」、「被告らがこのとおり、本件土地に日夜、車を駐車させることは原告の賃借権の行使を妨害するものであるから、被告らはこれを撤去すべき義務がある。」旨判示し、通路として使用している土地の賃借人から、同じ土地を同様に賃借している者に対する賃借権に基づく駐車禁止が認められています。

     

    ■通行地役権に基づく場合


     

    最高裁平成17年3月29日判決は、「本件地役権の内容は、通行の目的の限度において、本件通路土地全体を自由に使用できるというものであると解するのが相当である。そうすると、車両を本件通路土地に恒常的に駐車させることによって同土地の一部を独占的に使用することは、この部分を上告人が通行することを妨げ、本件地役権を侵害するものというべきであって、上告人は、地役権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求権に基づき、被上告人に対し、このような行為の禁止を求めることができると解すべきである。」と判示しています。

     

    ■共有持分に基づく場合


     

    東京高裁平成10年2月12日判決は、「控訴人は、本件係争土地を本件駐車場所として使用することは、本件土地の共有持分に基づく使用として当然に許されるように主張するが、控訴人の主張する使用権は、本件係争土地を控訴人が本件駐車場所として排他的に使用する権利であって、そのような使用が本件土地の共有持分に基づく使用として許される範囲を超えることは明らかである。」と判示して、共有持分に基づき、駐車場所として使用することを認めていません。

     

    ■位置指定道路である私道の場合


     

    東京地裁平成23年6月29日判決は、「被告土地の関係者が本件私道を徒歩ないし自転車等で通行することは、前記位置指定道路の性質からしても、また実際の本件私道や被告土地の状況からしても、本件私道の所有者の所有権の行使を妨害するものとはいえないが、幅約4メートルしかなくかつ通り抜けできない本件私道に自動車を乗り入れることは、駐停車により本件私道によってのみ公道に通じている本件隣接地の利用者の利便を著しく損なう可能性の高いものであり、ひいては本件隣接地の所有者、すなわち本件私道の所有者の所有権の行使を妨害するものである。」として、私道の利用についての取り決めは、自動車通行することや駐停車することを禁ずる限度で有効な制限と判示しています。

     

    道路交通法や車庫法に基づく駐車禁止等の可否


     

    そもそも、当該私道が一般交通の用に供されている場合は、私道における駐車は認められるべきではありません。

    自動車の保管場所の確保等に関する法律第11条1項に、「何人も、道路上の場所を自動車の保管場所として使用してはならない。」と定められているからです。

     

    しかしながら、一般私人が、これら法令を根拠に、駐車や保管の禁止を請求できるかというと、東京地裁平成31年3月14日判決は、「道路交通法44条及び車庫法11条はいずれも取締法規であるから、原告が当該法令を直接の根拠として、被告らに対して本件駐車位置への駐車・保管を禁止する旨の請求をすることはできない。」と判示しています。

     

    ■駐車しても、残りの幅員で車両通行が可能な場合は?


     

    駐車しても、残りの幅員で車両通行が可能であったとしても、幅員全部について、駐車の禁止を求めることができます。

    この点、前述の最高裁平成17年3月29日判決も、「車両を駐車させた状態での残余の幅員が3m余りあり、通路土地には幅員がこれより狭い部分があるとしても、そのことにより係争地付近における通路土地の通行が制約される理由はないから、この結論は左右されない。」と判示しています。

     

     

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