【建物賃貸借】借家の修繕義務を賃借人に負担させる特約の有効性
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
顧問先の不動産会社から、借家の設備が破損した場合の修繕義務を賃借人に負担される特約は有効か質問を受けました。
民法第606条1項には「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」と定めれていますが、特約で、反対に賃借人に修繕義務を負担させることができるかという質問です。
結論から申し上げると、修繕義務を賃借人に負担させる特約は、基本的に有効です。
ちなみに、同条項但書には、「賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」と定められており、賃借人の故意・過失等により、修繕が必要になった場合には、特約がなくても、賃貸人は修繕義務を免れます。
■賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約の違い
ところで、賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約とは、似ていますが、意味合いが少し異なります。
前者の賃貸人修繕義務免除特約は、単に、賃貸人の修繕義務を免除するものにすぎず、賃借人に修繕義務や修繕費用を負担させる内容ではありません。
これに対し、賃借人修繕負担特約は、積極的に、賃借人に修繕義務を負担させる特約です。
この点に関連し、【最高裁昭和43年1月25日判決】は、次の通り、原判示の事実関係のもとにおいては、「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の特約の趣旨について、賃貸人修繕義務免除特約ではあるが、賃借人修繕負担特約ではないとしています。
賃貸借契約書中に記載された「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の条項は、単に賃貸人民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず、賃借人が家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損個所を自己の費用で修繕し、家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとした原判決の判断は、正当である。
■裁判例
【東京地裁平成27年8月26日判決】
同判決は、「賃貸人と賃借人は、賃貸人の修繕等義務を免除する旨の特約を締結することができ、その場合、賃貸人は修繕等義務を免除されると解される。」とし、「本件物件の設備等の修理交換義務を賃貸人は一切負わない旨の特約が記載されている賃貸借契約書を示され、これに署名押印をしたこと」などから「トイレ及び台所の水回りの修繕並びにネズミの対策をする義務を免除されたと認めることができる。」と判示しています。
なお、賃借人は、賃貸人が修繕等義務免除特約を主張することは権利濫用であると主張しましたが、「賃借人は本件物件を内覧したうえで本件賃貸借契約を締結していること及び本件物件の賃料が近傍の同面積の建物賃料に比して低廉であることからして、賃貸人が上記特約を主張することが権利濫用であるとまでは解することができない。」としてその主張を排斥しています。
■賃借人修繕負担特約が無効になる場合とは?
【東京地裁平成25年12月19日判決】
同判決は、「賃貸借契約においては、専用部分の修理は賃借人の負担とする旨の特約があるところ、
専用部分である本件居室に係る必要費のうち、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用のようなものについては、賃借人の負担とする上記特約は直ちに信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができないが、他方、修繕費等のうち、例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、かつ、多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とすることは信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができ、そのような修繕費等につき賃借人の負担とする規定部分は消費者契約法10条によって無効とされるべきものということができる。」と判示しています。
すなわち、
・(例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、)一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、
かつ
・多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とする
ような特約は、無効となります。
もっとも、当該裁判例の事案では、ガス器具のリモコン操作部の修理費2万円の支出を含め、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用であって、しかもその金額も多額に及ぶといえるものでないことに照らすと、これらを賃借人の負担とする特約が無効であるということはできず、同特約により、これらの支出は賃借人が負担すべきものであると判示しています。