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    2021.12.20

    【賃貸借】迷惑住民の明渡

    迷惑住民

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    顧問先の不動産会社から、騒音を発生させたり、隣室や上階の入居者とトラブルを繰り返している賃借人を立ち退かせることができるかとの相談を受けましたので、裁判例を調べてみました。

     

    結論から申し上げますと、迷惑行為も賃貸借契約の解除事由になり得えます。ただし、信頼関係の破壊に至っているかケースバイケースの判断が必要になりますので、数ヶ月分以上家賃を滞納しているような事案ほど単純ではありません。

     

    ■解除を認めた判例・裁判例


     

    最高裁昭和43年9月27日判決

    まず、最高裁の判例を紹介させていただきますが、これは賃借人の1人が賃貸人に対し暴力を振るうなどした事案です。すなわち、賃借人の1人の賃貸人に対する傷害行為は家屋の明渡をめぐる紛争に端を発したものであるところ、賃借人らはその謝罪、損害賠償について全く無関心であったのみならず、その後ガレージを無断で築造し、賃貸人からの抗議にもかかわらず、賃借人方においては頑としてこれに応じなかったという事案につき、

    これらの事実関係によれば、賃借人らは現に家屋の用法に関し、賃借人としての義務に違反するのみならず、同人らのその前後の態度からして、賃貸人としては、賃借人らが将来も賃借人としての義務を誠実に履行することを期待しえないものというべきであるから、これら賃借人らの所為および態度は、賃借人ら全員について賃貸借契約の即時解除の原因となりうるものと解するのが相当である旨判示しています。

     

    東京高裁平成26年4月9日判決

    控訴人は、近隣住民等に対して迷惑行為を行い、これについて被控訴人から再三口頭で注意を受け、更にこれが特約違反となり解除事由となると書面によって指摘されても、近隣住民等に対する迷惑行為を繰り返しており、また、これにより生じた近隣住民等との間のトラブルに対して近隣住民等からの申出による話合いもしていない。これらのことに加え、控訴人の度重なる迷惑行為によって近隣住民等には耐え難い深刻な事態となり、近隣住民等が警察及び区役所に対する要望書に連名で押印の上で提出するに至っていること、さらに、控訴人は建物の隣室の入居者に対しても迷惑行為を行ったばかりか粗野な行動をとって不快の感を抱かせ、ひいてはこれに耐えかねた同入居者が被控訴人との間の賃貸借契約を解約して退去するに至り、賃貸人である被控訴人に対して同室の長期間の賃料の受領不能及び同室の新入居者を決めるための同室の賃料の減額という経済的損失まで与えていること、控訴人は当該訴訟の係属中にされた解除の後においても同室に入居した者に対して同様の迷惑行為を行い、同入居者から賃貸人である被控訴人に対して苦情の申入れがされているという事案について、

    賃貸借契約の基礎となる賃貸人である被控訴人と賃借人である控訴人との間の信頼関係は、特約が定める禁止行為に該当すると認められ、特約に違反する控訴人による近隣住民等に対する度重なる迷惑行為によって著しく損なわれ、完全に破壊されており、その回復の見込みはないといわざるを得ないとして、解除を認めています。

     

    東京地裁平成17年3月7日判決

    ・控訴人が建物に入居したころから、マンションにおいて、何かを叩くような騒音が一年程の間、昼夜を問わず、毎日、1日に何十回も不規則な間隔で発生し、その後も現在に至るまで、深夜12時過ぎから明け方4時から5時までの間に、1、2時間おき程度の間隔でそれぞれ1ないし3回同様の騒音が発生していること(本件騒音)

    ・本件騒音に耐えられなくなった入居者が数名、賃貸借契約を解約してマンションから退去していっており、また、マンションの入居者が本件騒音を問題にして、不眠や健康被害を訴えていること

    ・控訴人は、マンションの廊下まで音が漏れる程度の音量で、テレビを一晩中つけっぱなしにすることがあること

    ・A夫婦が、控訴人に本件騒音について話し合いを持ちかけたところ、控訴人は、A夫婦に対し、「俺は、前に住んでたところで家主をぶん殴ったんだぞ。」と言ったこと

    ・Dが控訴人に騒音の苦情を申し入れたところ、控訴人は、Dとの間で言い争いとなったこと

    ・控訴人は、Cの介護人であるEに対し、「お前か、グチグチ言っているのは、ぶっ殺すぞ。」と言ったこと

    これら事実を認定し、解除条項に違反している旨判示しています。

     

    東京地裁平成17年2月28日判決

    ・被告居宅内で深夜から明け方にかけての時間帯に、「バカモン、バカモン」などと訳の分からないことを大声で言い続けたり、

    ・部屋の中の物をたたくような音を出したりしてアパートの住民の安眠を妨げたり、

    ・アパートの住民を同アパート付近で見つけると近寄ってきてなかなか離れず、一部の住民に対しては、その住民の職場前まで追いかけて住民を怖がらせたり、

    ・昼夜問わず酒に酔ってアパートの住民に大声で怒鳴ったりし、

    ・このような原告への対処に困った住民が、110番通報をして警察官に臨場してもらったことが何度もあるほどで、現在も同様の行為が続いていること、

    ・被告が、アパートの空地部分に、壊れた自動二輪車や、衣装ケース入りの衣服、ビニールシートなどを乱雑に積み上げて放置し続けており、原告が注意をしても聞き入れなかったこと、

    ・原告やアパートの住民全員が、賃貸借契約において被告の保証人となっている区に対して被告の行状を陳情し、区から被告に注意をしてもらっても、被告の態度は改められなかったこと。

    これらの被告の行動は、特約に規定された「近隣の迷惑となる行為」にあたり、このような行為によって、原、被告間の信頼関係は破壊されたものと認められるから、解除原因があるということができ、賃貸借契約は、無催告でなされた本件解除により終了したものといえると判示しています。

     

    大阪地裁平成1年4月13日判決

    同判決は、公営住宅における迷惑行為のケースですが、Aは、音に異常な程過敏でかつ粗暴であるところから近隣居住者の通常の生活から必然的に発生する各種の音(生活音)に対し異常な反応を示し、その生活音を発生させた近隣居住者に対し「音がうるさい。」と怒鳴り込み、立腹の余りその仕返しと称して居室において日常的に故意に騒音等を発生させ、時には暴行脅迫に及ぶというもので、Aのこのような生活妨害行為のため、殊にAの居住する居室の真下に当る二〇一号室は原告の入居前から、誰が入居したとしてもその物的設備を通常の用法に従って円満に使用できないのみならず人として通常の平穏な生活を営むことができず、このことによる不利益や精神的苦痛は通常人の受忍限度をはるかに越えていたものと認められるから、二〇一号室は原告の入居前から本件状態を欠いていたものというべきであるとし、

    Aの原告に対する前記生活妨害行為は、賃貸人に対する賃貸借契約上の義務に違反し、かつ賃貸人との間の信頼関係を破壊するに足りるものであったから、賃貸人としては、Aに対し賃貸借契約を解除のうえ明渡を求めることもできた旨判示しています。

     

     

    ■解除を認めなかった裁判例


     

    他方、賃貸人が賃借人の迷惑行為を理由に解除を主張したけれども、これが認められなかったものとして、次の裁判例があります。

     

    東京地裁平成27年2月24日判決

    6歳の長男が、三〇五号室のドアにマニキュアを付けたこと、マンションの三階の通路付近で大便を漏らしたこと、同通路付近に竹輪と納豆ご飯を放置したことがあったについて、その父親に一部損害賠償を認めつつ、長男が、当時六歳であったこと、各行為の内容及び程度、及び、被告らは、警察からの連絡により、長男から話を聞き、長男に対する監督を強めたという経緯に照らし、賃貸借契約の継続が困難である程度まで、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと評価することはできず、また、解除条項所定の事由が存在するということもできないと判示しています。

     

    東京地裁平成19年1月12日判決

    ・被告は、建物を賃借してからの約5年間は、格別問題となるような事態を発生させた事実はない。

    ・平成14年7月になって、建物の玄関前の共用廊下に食器、棚、雑誌等かなりの量の荷物を放置していた事実が認められるが、このときには、父親である連帯保証人Bの協力により、2か月程度のうちに解決したことが認められる。

    ・隣人との関係については、平成17年2月12日に306号室の前居住者の母親から、被告が昼夜関係なく建物の玄関前辺りで意味不明の被害妄想的な言葉を発するなどしたり、ドアノブをガチャガチャさせるなどしたとして、原告に連絡があったことから、306号室の前居住者が怖がっていたという事実を認めることはできるが、被告が307号室のドアではなく、306号室のドアをガチャガチャさせていたことを認定するに足りる証拠はなく、被告に加害意思があった事実を認めることはできない。

    ・また、その後、306号室の前居住者が、他の賃貸物件に転居することなく、結局のところ、同一建物である×××の別の階に移転しただけに止まったことからすれば、306号室の前居住者が受けた被害も比較的軽いものであったことが推認されるというべきである。

     

    以上によれば、被告との関係で必ずしも受忍しがたいような状況があると認定することはできないとして、信頼関係を破壊するまでの行為があったとはいえないとして解除を認めていません。

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    2021.12.02

    【不動産】私道における駐車の可否

    迷惑駐車

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    私道の地形上、自動車による通行ができない場合や、自動車の通行が危険である場合、自動車による通行はしない旨の特約がない限り、私道を自動車で通行をすることは認められると考えられます。

     

    では、自動車での通行権が認められる場合でも、私道に駐車することは許されるでしょうか?

     

    裁判例を見る限り、一時的な停車については認められても、長時間の駐車については、もはや通行と同視することができず、他人の通行を妨害するものとして許されず、妨害の排除(自動車の他の場所への移動)が認められています。

     

    駐車と停車の違い


     

    道路交通法上の駐車とは、「車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により継続的に停止すること(貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための停止を除く。)、又は車両等が停止し、かつ、当該車両等の運転をする者がその車両等を離れて直ちに運転することができない状態にあることをいう。」と定められています(第2条1項18号)。

    車両の継続的な停止ですが、単に時間の長短だけでなく、運転者の意思や具体的状況によって判断されます。

     

    これに対し、道路交通法上の停車とは、「車両等が停止することで駐車以外のものをいう。」と定められています(同条項19号)。例えば、貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための自動車の停止です。

     

    ■囲繞地通行権に基づく場合


     

    東京高裁昭和50年1月29日判決は、「袋地所有者が営業上小型貨物自動車を出入りさせ、一時停車させる必要があり、囲繞地所有者も自動車の使用による便益を享受しているなどの事情があるときは、袋地所有者は、幅員2.67メートルの囲繞地通行権を認められるべきであるが、その内容は、小型自動車による通行及びその停車を含むが駐車を含まないものと認めるのが相当である。」旨判示しています。

     

    ■賃貸借に基づく場合


     

    東京地裁昭和63年2月26日判決は、「本件土地の有効幅員は二・七五ないし二・七六メートルに過ぎず、被告らが乙地に住むようになるまで、本件土地に常時、車を駐車させた者はいなかったこと、被告らは原告建物の玄関の前方に車を駐車させることがあり、本件土地に駐車されることによって、原告及びその家族の通行及び居住が不便となるものであること、被告らに本件土地に駐車させないよう注意したが、被告らは本件土地に専用賃借権を有するとの考えのもとに右の注意に応じなかったことが認められる。」、「被告らがこのとおり、本件土地に日夜、車を駐車させることは原告の賃借権の行使を妨害するものであるから、被告らはこれを撤去すべき義務がある。」旨判示し、通路として使用している土地の賃借人から、同じ土地を同様に賃借している者に対する賃借権に基づく駐車禁止が認められています。

     

    ■通行地役権に基づく場合


     

    最高裁平成17年3月29日判決は、「本件地役権の内容は、通行の目的の限度において、本件通路土地全体を自由に使用できるというものであると解するのが相当である。そうすると、車両を本件通路土地に恒常的に駐車させることによって同土地の一部を独占的に使用することは、この部分を上告人が通行することを妨げ、本件地役権を侵害するものというべきであって、上告人は、地役権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求権に基づき、被上告人に対し、このような行為の禁止を求めることができると解すべきである。」と判示しています。

     

    ■共有持分に基づく場合


     

    東京高裁平成10年2月12日判決は、「控訴人は、本件係争土地を本件駐車場所として使用することは、本件土地の共有持分に基づく使用として当然に許されるように主張するが、控訴人の主張する使用権は、本件係争土地を控訴人が本件駐車場所として排他的に使用する権利であって、そのような使用が本件土地の共有持分に基づく使用として許される範囲を超えることは明らかである。」と判示して、共有持分に基づき、駐車場所として使用することを認めていません。

     

    ■位置指定道路である私道の場合


     

    東京地裁平成23年6月29日判決は、「被告土地の関係者が本件私道を徒歩ないし自転車等で通行することは、前記位置指定道路の性質からしても、また実際の本件私道や被告土地の状況からしても、本件私道の所有者の所有権の行使を妨害するものとはいえないが、幅約4メートルしかなくかつ通り抜けできない本件私道に自動車を乗り入れることは、駐停車により本件私道によってのみ公道に通じている本件隣接地の利用者の利便を著しく損なう可能性の高いものであり、ひいては本件隣接地の所有者、すなわち本件私道の所有者の所有権の行使を妨害するものである。」として、私道の利用についての取り決めは、自動車通行することや駐停車することを禁ずる限度で有効な制限と判示しています。

     

    道路交通法や車庫法に基づく駐車禁止等の可否


     

    そもそも、当該私道が一般交通の用に供されている場合は、私道における駐車は認められるべきではありません。

    自動車の保管場所の確保等に関する法律第11条1項に、「何人も、道路上の場所を自動車の保管場所として使用してはならない。」と定められているからです。

     

    しかしながら、一般私人が、これら法令を根拠に、駐車や保管の禁止を請求できるかというと、東京地裁平成31年3月14日判決は、「道路交通法44条及び車庫法11条はいずれも取締法規であるから、原告が当該法令を直接の根拠として、被告らに対して本件駐車位置への駐車・保管を禁止する旨の請求をすることはできない。」と判示しています。

     

    ■駐車しても、残りの幅員で車両通行が可能な場合は?


     

    駐車しても、残りの幅員で車両通行が可能であったとしても、幅員全部について、駐車の禁止を求めることができます。

    この点、前述の最高裁平成17年3月29日判決も、「車両を駐車させた状態での残余の幅員が3m余りあり、通路土地には幅員がこれより狭い部分があるとしても、そのことにより係争地付近における通路土地の通行が制約される理由はないから、この結論は左右されない。」と判示しています。

     

     

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    2021.07.02

    【労務管理】人事評価の違法性を否定した裁判例

    人事評価

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    今回は、従業員に対する査定制度の結果に基づいて賞与・給与の額が決定されていた場合に、その査定制度やそれに基づく人事評価についての違法性を否定した裁判例(横浜地裁令和2年3月24日判決)をご紹介させていただきます。

     

    なお、当該裁判例では、個人面談における、上司による従業員に対する退職勧奨の違法性がメインで争われており、慰謝料として20万円が認容されています。

     

     

    ■査定制度に関する原告の主張


     

     

    被告である会社には、グローバル・パフォーマンス・マネージメント(GPM)と呼ばれる評価制度が導入されていましたが、これについて、原告である従業員は、

     

    ・GPM評価制度が相対評価であること
    ・評価自体が上長の「期待」という主観的要素を基準としていること
    ・評価者が上長1名のみであり複数の評価者による客観的評価が担保されていないこと

     

    などから、GPM評価制度が不公正な制度であり、制度自体が違法なものであると主張しました。

     

    ■査定制度に関する裁判所の判示


     

     

    これに対し、裁判所は、

     

    ・人事評価において、相対評価を採用することが、およそ直ちに違法となるか自体疑問がある
    ・その点を措くとしても、GPM制度が相対評価であると認めるに足りる的確な証拠はない
    ・少なくとも、原告に対する評価は他の従業員と比較してされているわけではないから、原告に対する人事評価が相対評価であるから違法であるとの原告の主張は、その前提を誤るものであって採用できない。

     

    ・従業員が従事する業務の内容及び性質によっては、客観的に算出することができる数値等のみによってその業務の正当な評価を行うことができない場合があることは明らかであり、評価基準に主観的な要素が含まれているからといって、直ちにこれを不公正で違法なものということはできない。

     

    ・そもそも被告のGMP評価における「期待」というのは、上長の純粋に個人的・主観的な期待を意味するものではなく、その役職に対して一般的・客観的に期待されるレベルを意味するものと解するのが相当である。

     

    ・被告のGPM制度においては、まずは直属の上長が評価を行い、その後、上位上長及び人事部門を入れた処遇会議において、上長が評価の理由について説明し、上位上長及び人事部門が承認をすることにより、最終的な評価が決定されるのであるから、上長1名のみによる恣意的な評価を許容するものであるとも認められない。

     

    したがって、GPM評価制度そのものを不公正かつ違法な制度であるということはできないと判示しました。

     

    ■各年度の人事評価について


     

     

    また、会社による最終考課は、原告が

     

    ・会議に出席した際に意見を述べなかったこと、
    ・業績検討会議における報告内容が検証不足であったこと、
    ・作業の引継ぎが不十分であったこと、
    ・マニュアル連携業務の実質的な取りまとめ作業を部長報告も含めて関連子会社に任せたこと、
    ・社内サイトにおける活動を実施するための仕組みを運用に乗せることができなかったこと

     

    などをその理由とするものであり、原告が外されたと主張する業務を行わなかったことや、原告の担当した業務量が少なかったことを理由とするものとは認められないから、成果を上げる前提を欠いていたのに低い評価をされたという原告の主張は当たらないとして、

     
    各年度のGPM評価は、人事評価に関する使用者の裁量を逸脱濫用したものとは認められないと判示しています。

     

    ■人事評価の裁量権


     

     

    賃金の決定、計算方法等は、就業規則の絶対的必要的記載事項であり(労働基準法89条2号)、就業規則(給与規定)中に、査定を行って賃金や賞与の額を決定する旨の査定条項が置かれている場合があります。

     

    人事評価は、使用者の裁量的判断に委ねられており、その裁量権を逸脱・濫用した場合でなければ、違法とはなりません。

     

    当該裁判例は、人事評価について、使用者の裁量権の逸脱・濫用はないと判断した一事例です。

     

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    2021.06.24

    【交通事故】ドライブレコーダーの映像提出を命じた裁判例

    ドライブレコーダー

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    今回は、交通事故に関し、東京都に対し、事故車両である都営バスに設置されていたドライブレコーダーの映像が準文書にあたるとして、民事訴訟法の文書提出命令に基づき、その提出を命じた裁判例(東京高裁令和2年2月21日決定)をご紹介させていただきます。

     

    ■事案の概要


     

     

    被害者が都営バスに衝突して死亡した交通事故について、その相続人(原告)が、東京都(代表者は公営企業管理者東京都交通局長)に対し、損害賠償請求訴訟を提起した事案です。

     

    東京都は事故態様について争い、被害者にも過失があるとして、過失相殺の主張をしたことから、原告が上記ドライブレコーダーの映像について、文書提出命令の申立をしました。

     

    ■根拠条文


     

     

    民事訴訟法第220条2号には、「挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。」は、「文書の所持者は、その提出を拒むことができない。」と定められています。

     

    実体法上の引渡・閲覧請求権が認められることが、同条号の要件ですが、これら請求権が私法上のものに限られるか、公法上のものを含むかについては争いがあります。

     

    当該裁判例は、東京都情報公開条例に基づき、文書提出を認めていますので、公法上の請求権に基づくものも認める立場と考えられます。

     

    ■東京都情報公開条例の構造


     

     

    東京都情報公開条例には、非開示情報が記録されている場合を除き、開示請求をしたものに対し、当該公文書を開示しなければならない旨が定められています(7条本文)。

     

    そして、原則として、個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの(個人識別情報)は、非開示情報にあたるが(同条1項)、

     

    例外的に、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報は非開示情報には当たらないとされています(同項ロ)。

     

    ■裁判例の判断基準


     

     

    当該裁判例は、この東京都情報公開条例の構造から、特定の情報が公開の対象となるか否かは、

     

    ・当該情報の開示により、個人情報が開示されることによる不利益の程度と

    ・当該情報の開示により、保護される人の生命、健康、生活又は財産の重要性を

     

    比較衡量して、判断すべきとしています。

     

    ■裁判例のあてはめ


     

     

    当該裁判例は、

     

    ・走行中の都営バスのドライブレコーダーにより記録された映像であること

    ・約2分間という短時間のものであること

    ・開示の目的が民事訴訟の証拠として使用するものであること

     

    からすれば、仮にその映像に、特定個人の容貌や、車両のナンバープレートがなどの個人情報が含まれていても、訴訟中において、これらが開示されることによる不利益は非常に小さなものであるとしました。

     

    これに対し、本件の基本事件が、

     

    ・死亡事故に係る損害賠償請求訴訟であること

    ・過失相殺が争点になっていること

    ・映像の開示により過失割合に関する裁判所の判断が変動し、損害賠償額が大きく変わる可能性があるこ十分にあること

     

    から、ドライブレコーダー映像の開示により保護される可能性がある財産的利益は、相当程度大きいものがあるとしています。

     

    ■裁判例の結論


     

     

    以上によれば、ドライブレコーダー映像の提供により保護される財産的利益は、その提供により個人情報が開示される不利益を大きく上回っているから、当該映像は、民事訴訟法220条2号に該当するとして、文書提出命令を認めています。

     

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    2021.06.22

    【企業法務】取締役の法令違反と任務懈怠責任

    法令違反

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    取締役などの役員等は、その任務を怠ったときは、会社に対し、損害賠償責任を負います(会社法423条1項)。

     

    また、役員等がその職務を行うについて、悪意又は重大な過失があったときは、その役員等は、これによって第三者に対しても損害賠償責任を負います(同法429条1項)。

     

    会社法には、「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」と定められおり(355条)、取締役は法令遵守義務を負っているわけですが、

     

    取締役が、何かしらの法令に違反した場合には、当然に、会社ないし第三者に対し任務懈怠責任を負うのかというのが、今回の問題です。

     

    ■最高裁平成12年7月7日判決(野村証券損失補填事件・否定)


     

     

    この点、上記最高裁判例は、ここでいう「法令」とは、取締役を名あて人として、取締役が職務上遵守すべき義務に限らず、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれると判事しています。

     

    その理由については、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからであるとしています。

     

    もっとも、当該事案は、証券会社が一部の顧客に対し、損失補填をした事案であり、独占禁止法(不当な利益による顧客誘引)に違反するとはされましたが、当該行為が行われた当時、証券会社のみならず、監督当局である大蔵省や公正取引委員会も、損失補填が独占禁止法に違反するという見解を採っていなかったことから、取締役らが損失補填が独占禁止法に違反するという認識を有していないくても止むを得ない事情があり、過失がないとして、損害賠償責任を否定しています。

     

    ■知財高裁平成23年6月23日判決(不正競争防止法違反・肯定)


     

     

    他社に対し、営業誹謗行為を行ったことにつき、会社の行為は不正競争(不正競争防止法2条1項14号)に該当するものであるところ、会社の代表取締役は、会社の代表者としての任務に反して、自ら上記不正競争を行ったのであるから、会社法429条1項の規定により。他社に発生した損害を賠償する責任があるというべきであると判示しています。

     

    ■大阪地裁平成21年1月15日判決(労働基準法違反・肯定)


     

     

    別件判決で認められた割増賃金の支払を受けていない労働者らが、当時の代表取締役、取締役、監査役に対し行った割増賃金相当額等の損害賠償請求につき、

     

    取締役及び監査役には会社に対する善管注意義務ないし忠実義務として会社に労働基準法37条を遵守させ被用者に対し割増賃金を支払わせる義務があるにもかかわらず、当該代表取締役らは悪意又は重過失によりこの任務を怠ったのであり、

    この任務懈怠と当該労働者らが被った損害の間には相当因果関係が認められるとして、

    平成17年改正前の商法266条の3(会社法280条1項)に基づき割増賃金相当額と遅延損害金の限度で労働者らの請求を認めています。

     

    ■大阪地裁平成17年12月8日判決(商標法・否定)


     

     

    インターネットのウェブサイトのトップページを表示するためのhtmlファイルにメタタグとして登録商標と類似する標章を記載し、その結果、検索サイトにおいて、トップページの説明として、登録商標と類似する標章が表示されていた事案において、商標権侵害を肯定しつつ、

     

    一般に、商標について、その登録の事実が、特許電子図書館の商標検索のサイトを利用することにより、容易に検索可能であるとしても、その事実自体が一般に広く知られているとも、標章を使用する際にはこれを調査するのが当然とされているとも認められないから、商標実務を業としているものでもない取締役において、原告主張の方法により各商標が登録されているか否かを確認しなかったからといって、重過失があったとまでいうことはできないとして、取締役の対第三者責任を否定しています。

     

    ■東京地裁平成8年6月20日判決(関税法、外為法違反・肯定)


     

     

    ジェット戦闘機に用いられる加速度計・ジャイロスコープ及びミサイルの部分品を関税法・(外為法)所定の各手続きを経ないで不正に売却・輸出したことが取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する行為であり、これにより罰金・制裁金の支払いのほか売上高の減少・棚卸資産の廃棄等の損害を生じさせたとして、株主が、取締役らに対し、株主代表訴訟により損害賠償の請求をした事案です。

     

    関税法及び外国為替管理法に違反する不正取引・不正輸出について、取締役がその事実を認識しながら支持・承認したものについては、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するとされました。

     

    他方、一部の取引については、取締役会の決裁事項や報告事項になっていなかった上に、国内取引の形態をとり、製品が加速度計・ジャイロスコープであることや最終仕向地がイランであることが判らないような方法で、従業員らにより秘密裡に進められていた等の事情の下で、取締役がその事実に気付かなかったとしても、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するとはいえないと判示されています。

     

    ■東京地裁平成6年12月22日判決(贈賄行為・肯定)


     

     

    取締役が行った贈賄行為について、株主代表訴訟が提起された事案について、次のように判示しています。

     

    とりわけ贈賄のような反社会性の強い刑法上の犯罪を営業の手段とするようなことがおよそ許されるべきでないのは当然である。それにより会社に利益がもたらされるとか、慣習化し同業者がやっているため贈賄をしないと仕事をとれないおそれがあるといった理由で、営業活動としての贈賄行為を正当化し得るものではない。

     

    したがって、贈賄行為は、たとえ会社の業績の向上に役立ち、会社のための営業活動の一環であるとの意識の下に行われたものであったとしても、定款の目的の範囲内の行為と認める余地はなく、取締役の正当な業務執行権限を逸脱するものであり、かつ、贈賄行為を禁ずる刑法規範は、取締役が業務を執行するに当たり従うべき法規の一環をなすものとして、商法266条1項5号の「法令」に当たるというべきである。

     

    そうすると、被告の贈賄行為は、それが同時に政治資金規正法に違反するかどうかにかかわらず、法令及び定款に違反する行為として、会社に対する損害賠償責任を生じさせることになる。

     

     

    ■大阪地裁平成12年9月20日判決(外国の法令・肯定)


     

     

    大和銀行ニューヨーク支店において、同行の行員が、10年以上の間、同行に無断かつ簿外で米国財務省証券の取引を行って約11億ドルの損失を出し、その損失を隠ぺいするために顧客、大和銀行所有の財務省証券を無断かつ簿外で売却して、大和銀行に約11億ドルの損害が発生したことを米国当局に隠匿していたなどとして、米国において、刑事訴追を受け、罰金3億4000万ドルを支払った損害を、同行に賠償するよう求めた株主代表訴訟の事案です。

     

    外国法令にしたがうことは、取締役の善管注意義務の内容をなし、不正な取引の事実を知りながら、米国法が要求する当局への届出をしなかった取締役及び届け出るように他の取締役に働きかけなかった取締役に、善管注意義務違反の責任が認められています。

     

     

    ■まとめ


     

     

    以上かすると、取締役が法令違反による任務懈怠責任に基づき、会社や第三者に対し、損害賠償責任を負うのは、法令違反をしただけでなく、法令違反になることを認識していた(過失はおろか故意があったような)場合と考えられます。

     

  • qa

    2021.06.18

    【賃貸借】オフィスの原状回復義務

    オフィスの原状回復

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    最近、オフィスの賃貸借契約に関し、どこまで原状回復をする必要があるのかというご相談がありましたので、今回は、裁判例を概観しながら、オフィスの賃貸借契約における原状回復の範囲や、諸問題について説明させていただきます。

     

    居住用のアパート・マンションと異なり、オフィスの賃貸借に関しては、消費者保護を考慮する必要がありませんし、市場性原理と経済合理性の支配するオフィスビルの賃貸借では、比較的、賃借人の原状回復義務が認められやすい傾向にはあります。

     

    しかしながら、実務的には、オフィスビルが新築か中古か、オフィスビルの規模、原状回復条項の内容等を個別に検討する必要があります。

     

    ■通常損耗・汚損についても原状回復義務を負うか?


     

     

    (東京高裁平成12年12月27日判決)

     

    当該判決は、以下のように判示して、オフィスビルを新築の状態で借り受けた賃借人には、「契約が終了するときは、賃借人は賃貸借期間終了までに造作その他を契約締結時の原状に回復しなければならない。」旨の原状回復条項に基づき、通常の使用による損耗、汚損をも除去し、建物を賃借当時の状態にまで原状回復して返還する義務があるとしています。

     

    一般に、オフィスビルの賃貸借においては、次の賃借人に賃貸する必要から、契約終了に際し、賃借人に賃貸物件のクロスや床板、照明器具などを取り替え、場合によっては天井を塗り替えることまでの原状回復義務を課する旨の特約が付される場合が多いことが認められる。オフィスビルの原状回復費用の額は、賃借人の建物の使用方法によっても異なり、損耗の状況によっては相当高額になることがあるが、使用方法によって異なる原状回復費用は賃借人の負担とするのが相当であることが、かかる特約がなされる理由である。

     

    もしそうしない場合には、原状回復費用は自ずから賃料の額に反映し、賃料額の高騰につながるだけでなく、賃借人が入居している期間は専ら賃借人側の事情によって左右され、賃貸人においてこれを予測することは困難であるため、適正な原状回復費用をあらかじめ賃料に含めて徴収することは現実的には不可能であることから、原状回復費用を賃料に含めないで、賃借人が退去する際に賃借時と同等の状態にまで原状回復させる義務を負わせる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性があると考えられる。

     

    (最高裁平成17年12月16日判決)

     

    しかしながら、その後、最高裁平成17年12月16日判決は、次のように判示しました。

     

    賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。

     

    それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。

     

    そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。

     

    これは居住用賃貸借のケースですが、賃貸借の契約の本質から論じており、その考えは、オフィスの賃貸借にも適用されると考えられます。実際、次の大阪高裁判決をはじめ、多くの下級審裁判例において、最高裁平成17年判決の法理が、オフィスの賃貸借にも適用されることが認められています。

     

     

    (大阪高裁平成1 8年5月23日判決)

     

    賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであって、営業用物件であるからといって、通常損耗に係る投下資本の減価の回収を、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行うことが不可能であるということはできず、また、被控訴人が主張する賃貸借契約の条項を検討しても、賃借人が通常損耗について補修費用を負担することが明確に合意されているということはできない。

     

    (東京簡裁平成21年4月10日判決)

     

    また、東京簡裁の上記判決は、次のように判示して、オフィスビルの賃貸借においても、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには、明確な合意が必要であるとしています。

     

    オフィスビルの賃貸借契約においても、通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、原則として、賃料の支払を受けることによって行われるべきものである。賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせることは賃借人にとって二重の負担になるので、オフィスビルの賃貸借契約においても、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには、原状回復義務を負うことになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人がそのことについて口頭で説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解すべきであり、このことは居住用の建物の賃貸借契約の場合と異ならないというべきである。

     

    (東京簡裁平成17年8月26日判決)

     

    東京簡裁平成17年8月26日判決は、次のように判示して、事務所としての利用であっても、利用実態として、居住用の賃貸借契約と変わらないような場合には、ガイドラインに沿って原状回復費用を算定すべきとしています。

     

    東京高裁平成12年12月27日判決における賃貸物件は保証金1200万円という典型的オフィスビルであり、しかも新築物件である。それに比して、本件物件は、仕様は居住用の小規模マンション(賃貸面積34.64㎡)であり、築年数も20年弱という中古物件である。また、賃料は12万8600円、敷金は25万7200円であって、事務所として利用するために本件物件に設置した物は、コピー機及びパソコンであり、事務員も二人ということである。このように本件賃貸借契約はその実態において居住用の賃貸借契約と変わらず、これをオフィスビルの賃貸借契約と見ることは相当ではない。すなわち、本件賃貸借契約はそれを居住用マンションの賃貸借契約と捉えて、原状回復費用は、いわゆるガイドラインにそって算定し、敷金は、その算定された金額と相殺されるべきである。

     

    ■原状とはスケルトン状態か?オフィスの標準仕様か?


     

     

    東京地裁平成29年3月27日判決判決は、賃貸借契約締結前の状態がスケルトン状態であったのに対し、契約書案の別紙区分表には、具体的なオフィスの標準仕様が定められており、どちらの状態に戻すのが原状回復かが争われた事案につき、

     

    契約が定める原状回復義務は、「区分表における標準仕様」を「原状」とみなして、これを前提とする原状回復義務を賃借人に負わせるものであるところ、この区分表の標準仕様としては、オフィス仕様の建築・内装、設備が具体的に指定されており、かつ、この区分表は、契約書(案)の別紙として事前に賃借人の取締役にメール送付されていることが認められるるとして、賃借人は、原状回復とは契約締結前の状態(スケルトン状態)に戻すものにほかならないと主張するが、これと異なる明示の合意がされている以上、当該合意に従うべきことは当然であり、賃借人の上記主張は採用できないとし、賃借人は、原状回復義務として、賃借人の主張するスケルトン状態への回復ではなく、賃貸人の主張するオフィス仕様に変更する工事を行う必要があったというべきであると判示しています。

     

    ■賃貸人は、未施工の原状回復費用を保証金から控除できるか?


     

     

    東京地裁平成29年9月6日判決は、原状回復条項には、賃借人が建物の明渡し時に原状回復の処置を執らなかったときは、賃貸人が賃借人の費用で原状回復の処置を執ることができる旨を定められていたが、賃貸人が原状回復工事をすることなく新賃借人に建物を貸し渡し、新賃借人が新内装工事をし、賃貸人が原状回復費を現実に支出しなかったという事案ですが、

     

    未施工の原状回復工事に係る原状回復費を保証金から控除することができると解する合理的な理由は見当たらないとして、賃貸人が、未施工の原状回復費用を保証金から控除することを否定しています。

     

    ■賃貸人が賃借人の代わりに行った原状回復工事の費用は少しでも安価でなければならないか?


     

     

    東京地裁平成29年1月18日判決は、原状回復工事は、本来であれば賃借人において行うべき工事を賃貸人が行ったものであり、賃貸人において少しでも安価な費用で工事を行う義務があるとはいえないから、その費用が不相当に高額でない限り、原状回復費用を敷金から控除することが許されると判示しています。

     

     

  • qa

    2021.06.17

    【損害賠償】営業権侵害における不法行為の成否

    営業権侵害

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    営業活動が許される自由競争の範囲を逸脱した違法な行為については、不法競争防止法において「不正競争」として規制されています。

     

    それでは、不法競争防止法の定める「不正競争」に該当しない行為についても、不法行為(民法709条)にあたるとして、同条に基づく損害賠償請求をすることができるでしょうか?

     

    ■ 営業権とは?


     

     

    営業権ないし営業上の利益とは、権利として保護される範囲が固定されたものではありませんし、絶対的・排他的性質をもつ権利ではありません。

     

    営業権が権利として保護すべきか否かは、競業者の営業の自由(営業権)、職業選択の自由、その他の権利との衡量をする必要があります。

     

    ■ 最高裁平成23年12月8日判決(北朝鮮映画事件)


     

     

    この問題を考えるにあたって、営業権の問題ではなく、著作権に関するものですが、著作権法に定める著作物に該当しない著作物の利用行為について、原則的に、不法行為の成立を否定した最高裁平成23年12月8日判決(北朝鮮映画事件)が参考になります。同判決は次のように判示しています。

     

    著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。

     

    同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。

     

    したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない。

     

    ■ 知財高裁平成24年8月8日判決


     

     

    また、知財高裁平成24年8月8日判決は、不正競争防止法も、事業者間の公正な競争等を確保するため不正競争行為の発生原因、内容、範囲等を定め、周知商品等表示について混同を惹起する行為の限界を明らかにしており、ある行為が不正競争行為に該当しないものである場合、商品等表示を独占的に利用する権利は、原則として法的保護の対象とはならないとし、不正競争防止法が規律の対象とする周知商品等表示の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である旨判示しています。

     

    ■ 不正競争防止法が定める「不正競争」


     

     

    不正競争防止法第2条1項に定められている「不正競争」は限定列挙であり、例示列挙ではありません。

     

    同法を制定するにあたり、利害関係のある当事者各層の権利・利益、公共の利益等を総合考慮して、法規制の対象とする行為と、法規制の対象としない行為とを切り分けて判断したはずです。

     

    すると、同法の定めが不正競争法秩序のもとでの競業行為に対する価値判断としては最終的であり、「不正競争」に該当しない行為については、法的に積極的に許容されていると考えられます(潮見佳男『不法行為法Ⅰ〔第2版〕』参照)。

     

    ■ 結論


     

     

    以上から、不法競争防止法の定める「不正競争」に該当しない行為については、不法行為(民法709条)は成立せず、同条に基づく損害賠償請求もできないと考えられます。

     

  • qa

    2021.06.16

    【不動産】公有地の時効取得に関する判例等

    公有地の時効取得

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    最近、公有地の時効所得の可否が問題となるご相談を受けましたので、今回は、判例等をご紹介させていただきます。

     

    結論から申し上げますと、公有地でも、公用が廃止されていれば、時効取得することができます。

     

    公用の廃止は、明示的なものに限らず、黙示的なものでも構いません。

     

    ただし、公有地の取得時効が認められるためには、占有者が、自主占有を開始した時までに(黙示的にも)公用が廃止されていなければなりません。

     

    また、占有者の行為によって公有地としての形態、機能を失ったにすぎないような場合には、公有地として維持すべき理由がなくなっていたとはいえません。

     

    ■ 黙示的な公用廃止が認められる条件


     

     

    黙示的な公用廃止に関しては、リーディングケースとなる、最高裁昭和51年12月24日判決がありまして、

     

    公共用財産が、

    ① 長年の間事実上公の目的に供されることなく放置され、
    ② 公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、
    ③ その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、
    ④ もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合

    には、右公共用財産については黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないと判示しています。

     

    当該事案は、係争地は、公図上水路として表示されている国有地であったが、古くから水田、あるいは畦畔に作りかえられ、田あるいはその畦畔の一部となり、水路としての外観を全く喪失し、係争地及び田は、被上告人の祖父が借り受けて小作していた当時から、幅の細い畦畔によつて合計四五枚の水田に区分けされていたというものです。

     

    ■ その他の最高裁判例


     

    (最高裁昭和52年4月28日判決)

    対象土地を隣接地とともに買い受け、所有の意思をもつてその占有を始め当時、対象土地は、既に隣接地と一体をなして宅地の一部と化し、道路として利用されることもその必要もなくなっていたこと、その後間もなく対象土地と隣接地に跨って二棟の建物を建築し、当初の占有者の死亡後も対象土地はその承継人らによって建物の敷地の一部として平穏かつ公然に占有を継続されてきたが、現在に至るまで対象土地が道路として利用された形跡は全く存しないことが認められるから、対象土地は黙示的に公用が廃止されたものというべきであると判示しています。

     

    (最高裁平成17年12月16日判決)

    長年にわたり当該埋立地が事実上公の目的に使用されることもなく放置され、公共用財産としての形態、機能を完全に喪失し、その上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、これを公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、もはや同項に定める原状回復義務の対象とならないと解すべきであり、竣功未認可埋立地であっても、上記の場合には、当該埋立地は、もはや公有水面に復元されることなく私法上所有権の客体となる土地として存続することが確定し、同時に、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となるというべきであると判示しています。

     

    (最高裁昭和61年12月16日判決)

    ちなみに、黙示の公用廃止が問題になった事案ではなく、満潮時に海面下に没し,干潮時に海面上に現れる干潟が民法86条1項の土地に当たるか否かが争われた事案において,上記最高裁判決は、

    海は,特定人による排他的支配の許されないものであること,現行法上,海の一定範囲を区画してこれに所有権を設定することを認めた実定法規はないことなどを理由に,海は,海水に覆われたままの状態では,所有権の客体たる土地に当たらないと判示しています。

     

    ■ 肯定した裁判例


     

    下級審裁判例のうち、公有地の時効取得を認めたものとしては、次のものがあります。

     

    (大阪高裁平成15年6月24日判決)

    控訴人らが、国有の里道の一部について取得時効を主張し、国に対して、その所有権の確認を請求した事案において、旧国鉄が新幹線用地の代替地として係争地を含む土地を提供する必要があったことから、国としては、係争地については、いずれ明示の公用廃止をする意思であり、そのために旧国鉄による係争地の整地を了承・承認していたものと考えるのが自然かつ合理的であるから、係争地について黙示の公用廃止がされたものと認めるのが相当であるとして、取得時効の完成を認めています。

     

    (東京地裁平成10年2月23日判決)

    取得時効の対象となる道路は、昭和27年に東京都道となり、翌昭和28年、目黒区が東京都から都道の一括移管を受けて特別区道として路線の認定をし、供用を開始した結果、目黒区の特別区道となったものです。

    当該道路上に建物が存在し、その東端がコンクリート壁で閉鎖されている以上は、当該道路は道路としての形態をもはや有してはおらず、また、道路としての機能も失われている、付近の建物が当該道路を必要としていない現状からして、黙示的に効用が喪失されたと認められると判示しています。

    なお、土地の占有者が、所有権者である国に対し、いったんはそれらの払下げを受けることを希望する旨の意向を表明した後に、取得時効を援用する旨の意思表示をした場合について、占有者が時効を援用するに至ったのが国から払下げを拒否されたためであるとの事情が認められることを理由に、占有者は時効援用権を喪失していない旨判示しています。

     

    (東京地裁昭和63年8月25日判決)

    係争地付近は完全に宅地化されており、それぞれの居住住民の敷地のほかに周辺に道路が存在したことをうかがわせる痕跡すらない状況にあることが認められ、係争地は、公共用財産としての形態、機能を全く喪失しており、前所有者の時代以前から引き続き私人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのために実際上公の目的が害されることもなかったことが明らかであるから、もはやこれを公共用財産として維持すべき理由がなくなったものというべきであり、係争地については黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となりうるものと判示しています。

     

    (東京地裁昭和6 0年9月25日判決)

    被告は、本件係争地は里道であり公共用財産であるから取得時効の対象にならない、と主張する。そして、証拠によれば、本件係争地が里道であつたことがうかがえなくもない。

    しかしながら、公共用財産であつても、それが、長年の間、事実上公の目的に供されることなく放置され、公共用財産としての形態及び機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したにもかかわらず、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないものというべきであると判示しています。

     

    ■ 否定した裁判例


     

    他方、下級審裁判例のうち、公有地の時効取得を認めなかったものとしては、以下のものがあります。

     

    (東京高裁平成26年5月28日判決)

    当該裁判例は、次のように判示しています。

    本件の市有通路のように、予定公物であって、現に道路としての形態及び機能を有しており、かつ黙示の公用開始決定があった道路は、取得時効期間の起算点たる占有開始の時までに黙示的に公用が廃止されたと認められるような特段の事情がない限り、取得時効の規定の適用がない(取得時効が成立しない。)と解するべきである。なぜならば、このような財産は、現に公共の用に供されている公有財産であるので、取得時効の規定の適用に関しては、実質的には行政財産と同じように扱うのが適当であるからである。

    本件についてこれをみるのに、係争地(構築物敷地部分を含む。)は、被控訴人が構築物を設置して構築物敷地部分の排他的占有を開始するまでの間、道路としての形態、機能を維持して公衆の自由な通行という公共目的に供用され続けていたにもかかわらず、被控訴人による構築物敷地部分の排他的占有開始により、公衆の自由な通行の妨害という公共の利益に反する事態が現実に発生したほか、被控訴人の時効取得を認めると構築物敷地部分の道路法上の道路(行政財産)としての供用開始という公共目的が実現不可能になるという事情が認められる。そうすると、係争地(構築物敷地部分を含む。)は、市有地となってからの構築物の設置までの期間の占有開始を原因とする取得時効を主張しても、取得時効の規定の適用はなく、取得時効が成立しないというべきである。

     

    (さいたま地裁平成17年6月8日判決)

    当時、水路状の窪地が土地上に存在ししたこと、一斉測量調査時に土地と周囲の境界に境界杭が埋設されその土地の境界が確認され公共用財産として認識されていたこと、その後、原告が土地を土盛りし埋立整形したことにより完全に水路状の窪地が存在しなくなってしまったことが認められ、このような経緯にも鑑みると、原告の土地占有開始時において、土地の水路が長い間事実上公の目的に供用されることなく放置されていたとまではいえず、原告のその後の行為によって公共用財産としての形態、機能を失ったにすぎないから、公共用財産として維持すべき理由がなくなっていたともいえず、そうすると、当該土地が原告占有開始時に黙示の公用廃止が認められるべき要件が満たされていたとはいえないと判示しています。

     

    (東京高裁平成3年2月26日判決)

    当該裁判例は、次のように判示しています。

    公共用財産の取得時効が認められるためには、自主占有開始の時点までに黙示的に公用が廃止されていなければならない。

    公共用財産としての形態・機能が失われ、黙示的な公用廃止の状況にあつたというためには、係争の部分だけに着目するのではなく、公用財産が供用された目的に即して地域的広がりを持つた全体として観察し、原状回復が可能であるかどうかを判断しなければならない。

    ・係争地が買収直後に、土地台帳に官有道路成、除租と記載されている事実
    ・道路の路面と土地との間には約2メートル程度の高低差がある事実
    ・係争地は、明治44年ないし昭和17年には、道路の路面から土地までの間の道路の構成部分としての法面又は道路の維持保全に必要な道路敷地として現実に使用されたものと推認することができること。
    ・係争地の占有を開始した当時、上記事実があったからといって各土地部分について道路の法面としての形態と機能を喪失するにいたったものと認めることはできない。

    したがって、係争地は占有開始当時未だ公共用財産としての形態、機能を全く喪失したものとはいえず、また係争地について公共用財産として維持すべき必要性がなくなったともいい得ないから、係争地につき黙示の公用廃止があったと認めることはできない。

     

    (東京高裁昭和63年9月22日判決)

    当該裁判例は次のように判示しています。

    本件土地は、旧市道が耕地整理事業によって拡幅されることになり、その拡幅部分の道路敷として被控訴人の所有とされたもの、すなわち公共用財産とすることを予定してそれに備えた工事を施行し、ただ、府県道とする認定あるいは拡幅にともなう市道区域の変更、供用の開始の手続だけが未了の状態の土地であったのであり、しかも、既に公共の用に供されていた旧市道の法面ともなっていたのであって、このような土地については、公共用財産に準じて原則として取得時効が成立しないものと解すべきである。

    戦時中に本件土地にも防火用水が掘られたとはいっても、それは緊急的一時的なものであって、その土地本来の用法を変更する態のものでないことはいうまでもない。

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    2021.06.08

    【不動産】土地の時効取得における占有とは?

    土地の時効取得

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    最近、土地の時効取得が問題となる事案について、ご相談を受けましたので、今回は時効取得が認められる要件の中でも、「占有」とは何かについてご説明し、裁判例を紹介させていただきます。

     

    ■時効取得の要件


     

     

    まず、前提ですが、所有権の時効取得の要件は次の通りです(民法162条1項)。
    これら要件をすべて満たす場合には、対象物の所有権を時効取得することができます。

     

    ・20年間
    ・所有の意思をもって
    ・平穏かつ公然と
    ・他人の物を
    ・占有する

     

    また、占有の開始時に、自分の物であると信じて占有をし、そう信じたことに過失がない場合には、10年間で時効取得することができます(同条2項)。

     

    ■占有とは?


     

     

    この点については、リーディングケースとなる最高裁昭和46年3月30日判決があって、「一定範囲の土地の占有を継続したというためには、その部分につき、客観的に明確な程度に排他的な支配状態を続けなければならない」と判示しています。

     

    ちなみに、上記最高裁判決では、山林の一部に、「杉苗多数を植えつけ、その後その刈払い等の手入れを続けて植林の育成に努めてきた」り、「係争地内から桑葉を採取した」というだけでは、占有を否定しています。

     

    ■占有を肯定した裁判例


     

     

    (東京地裁昭和4 7年3月30日判決)

     

    代々、対象土地が畑作等に利用され、鶏舎、物置その他の附属施設を設けて使用されていた事案で、継続的な占有、時効取得を認めています。

     

    ■占有を否定した裁判例


     

     

    (大阪地裁平成10年12月8日判決)

    原告は、本件土地と被告土地との間に鉄条網を設置したり本件土地を測量するなどしているが、昭和42年ころ以降は、本件土地において野菜等の作付けがされたことはなく、シュロなどの雑木が雑然と植えられているにすぎないのであるから、仮に、原告が年に一度その木の枝打ちをするなどして管理をした事実があったとしても、それが、本件土地についての客観的に明確な程度の排他的な支配状態を示すものとはいえないから、このような占有に基づいて取得時効の成立を認めることはできないと判示しています。

     

    (東京地裁昭和62年1月27日判決)

    係争山林につき、当初ある程度の明認方法を施したほかは、ある期間バスを置いて境界線の一部に鉄条網を張り、立札を立て、境界石を埋設するなどの行為をしたとか、時々現地を訪れて様子を見たというに過ぎないときには、時効取得の基礎となる占有があったとは認められないと判示しています。

     

    (宮崎地裁昭和59年4月16日判決)

    山林の時効取得の要件としての占有は、成長した杉立木の年数回の見回り、木払いとか、数年に一回の間伐などをなしたのみでは足りず、適当な場所に標木を立てこれに目印をするなどしていわゆる明認方法を施すとか、立木周辺に棚を認けるなどのように他人が立木が何人の支配に属するかを知り得るような施設をなし、もつて排他的支配の意思を明確に表示するなどして客観的に明確な程度に排他的な支配状態を続けることを要すると解すべきところ、全証拠によるもこれを認めるに足りないとして、時効取得を否定しています。

     

    (東京高裁昭和55年12月16日判決)

    当事者双方が係争地に苗の植付をし、その後下刈を行つている等、当該土地の管理占有が競合してなされていたものと認められる場合には、取得時効の要件たる占有継続はないと判示しています。

     

    (札幌高裁昭和53年12月21日判決)

    畑にバラス(砕石)を散布していたという事案について、移動の困難な建物、石標等と異なり、地表に散布されたバラスは、通常は人為的に容易にこれを除去、移動させることができるし、また自然に散逸、移動することもあり得るから、バラスの散布範囲が10年間全く変化しなかったと推認することは、特段の事情がないかぎり、経験則に照らし相当ではないとして、占有範囲が不明確であるとして、原審に差し戻しをしています。

     

    (その他の裁判例)

    その他、次のようなケースでは、時効取得の基礎となる占有があったとは認められないと判示されています。

     

    ・土地にある泉から他に水を引用すること(大審院大正8年5月5日判決)
    ・通行と隣地の古井戸使用のため利用すること(東京高裁昭和48年8月28日判決)
    ・通行の際に土地の状態を観察・監視すること(札幌高裁昭和57年7月19日判決)

     

     

まずは相談することが
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