【不動産】公有地の時効取得に関する判例等
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
最近、公有地の時効所得の可否が問題となるご相談を受けましたので、今回は、判例等をご紹介させていただきます。
結論から申し上げますと、公有地でも、公用が廃止されていれば、時効取得することができます。
公用の廃止は、明示的なものに限らず、黙示的なものでも構いません。
ただし、公有地の取得時効が認められるためには、占有者が、自主占有を開始した時までに(黙示的にも)公用が廃止されていなければなりません。
また、占有者の行為によって公有地としての形態、機能を失ったにすぎないような場合には、公有地として維持すべき理由がなくなっていたとはいえません。
■ 黙示的な公用廃止が認められる条件
黙示的な公用廃止に関しては、リーディングケースとなる、最高裁昭和51年12月24日判決がありまして、
公共用財産が、
① 長年の間事実上公の目的に供されることなく放置され、
② 公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、
③ その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、
④ もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合
には、右公共用財産については黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないと判示しています。
当該事案は、係争地は、公図上水路として表示されている国有地であったが、古くから水田、あるいは畦畔に作りかえられ、田あるいはその畦畔の一部となり、水路としての外観を全く喪失し、係争地及び田は、被上告人の祖父が借り受けて小作していた当時から、幅の細い畦畔によつて合計四五枚の水田に区分けされていたというものです。
■ その他の最高裁判例
(最高裁昭和52年4月28日判決)
対象土地を隣接地とともに買い受け、所有の意思をもつてその占有を始め当時、対象土地は、既に隣接地と一体をなして宅地の一部と化し、道路として利用されることもその必要もなくなっていたこと、その後間もなく対象土地と隣接地に跨って二棟の建物を建築し、当初の占有者の死亡後も対象土地はその承継人らによって建物の敷地の一部として平穏かつ公然に占有を継続されてきたが、現在に至るまで対象土地が道路として利用された形跡は全く存しないことが認められるから、対象土地は黙示的に公用が廃止されたものというべきであると判示しています。
(最高裁平成17年12月16日判決)
長年にわたり当該埋立地が事実上公の目的に使用されることもなく放置され、公共用財産としての形態、機能を完全に喪失し、その上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、これを公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、もはや同項に定める原状回復義務の対象とならないと解すべきであり、竣功未認可埋立地であっても、上記の場合には、当該埋立地は、もはや公有水面に復元されることなく私法上所有権の客体となる土地として存続することが確定し、同時に、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となるというべきであると判示しています。
(最高裁昭和61年12月16日判決)
ちなみに、黙示の公用廃止が問題になった事案ではなく、満潮時に海面下に没し,干潮時に海面上に現れる干潟が民法86条1項の土地に当たるか否かが争われた事案において,上記最高裁判決は、
海は,特定人による排他的支配の許されないものであること,現行法上,海の一定範囲を区画してこれに所有権を設定することを認めた実定法規はないことなどを理由に,海は,海水に覆われたままの状態では,所有権の客体たる土地に当たらないと判示しています。
■ 肯定した裁判例
下級審裁判例のうち、公有地の時効取得を認めたものとしては、次のものがあります。
(大阪高裁平成15年6月24日判決)
控訴人らが、国有の里道の一部について取得時効を主張し、国に対して、その所有権の確認を請求した事案において、旧国鉄が新幹線用地の代替地として係争地を含む土地を提供する必要があったことから、国としては、係争地については、いずれ明示の公用廃止をする意思であり、そのために旧国鉄による係争地の整地を了承・承認していたものと考えるのが自然かつ合理的であるから、係争地について黙示の公用廃止がされたものと認めるのが相当であるとして、取得時効の完成を認めています。
(東京地裁平成10年2月23日判決)
取得時効の対象となる道路は、昭和27年に東京都道となり、翌昭和28年、目黒区が東京都から都道の一括移管を受けて特別区道として路線の認定をし、供用を開始した結果、目黒区の特別区道となったものです。
当該道路上に建物が存在し、その東端がコンクリート壁で閉鎖されている以上は、当該道路は道路としての形態をもはや有してはおらず、また、道路としての機能も失われている、付近の建物が当該道路を必要としていない現状からして、黙示的に効用が喪失されたと認められると判示しています。
なお、土地の占有者が、所有権者である国に対し、いったんはそれらの払下げを受けることを希望する旨の意向を表明した後に、取得時効を援用する旨の意思表示をした場合について、占有者が時効を援用するに至ったのが国から払下げを拒否されたためであるとの事情が認められることを理由に、占有者は時効援用権を喪失していない旨判示しています。
(東京地裁昭和63年8月25日判決)
係争地付近は完全に宅地化されており、それぞれの居住住民の敷地のほかに周辺に道路が存在したことをうかがわせる痕跡すらない状況にあることが認められ、係争地は、公共用財産としての形態、機能を全く喪失しており、前所有者の時代以前から引き続き私人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのために実際上公の目的が害されることもなかったことが明らかであるから、もはやこれを公共用財産として維持すべき理由がなくなったものというべきであり、係争地については黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となりうるものと判示しています。
(東京地裁昭和6 0年9月25日判決)
被告は、本件係争地は里道であり公共用財産であるから取得時効の対象にならない、と主張する。そして、証拠によれば、本件係争地が里道であつたことがうかがえなくもない。
しかしながら、公共用財産であつても、それが、長年の間、事実上公の目的に供されることなく放置され、公共用財産としての形態及び機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したにもかかわらず、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないものというべきであると判示しています。
■ 否定した裁判例
他方、下級審裁判例のうち、公有地の時効取得を認めなかったものとしては、以下のものがあります。
(東京高裁平成26年5月28日判決)
当該裁判例は、次のように判示しています。
本件の市有通路のように、予定公物であって、現に道路としての形態及び機能を有しており、かつ黙示の公用開始決定があった道路は、取得時効期間の起算点たる占有開始の時までに黙示的に公用が廃止されたと認められるような特段の事情がない限り、取得時効の規定の適用がない(取得時効が成立しない。)と解するべきである。なぜならば、このような財産は、現に公共の用に供されている公有財産であるので、取得時効の規定の適用に関しては、実質的には行政財産と同じように扱うのが適当であるからである。
本件についてこれをみるのに、係争地(構築物敷地部分を含む。)は、被控訴人が構築物を設置して構築物敷地部分の排他的占有を開始するまでの間、道路としての形態、機能を維持して公衆の自由な通行という公共目的に供用され続けていたにもかかわらず、被控訴人による構築物敷地部分の排他的占有開始により、公衆の自由な通行の妨害という公共の利益に反する事態が現実に発生したほか、被控訴人の時効取得を認めると構築物敷地部分の道路法上の道路(行政財産)としての供用開始という公共目的が実現不可能になるという事情が認められる。そうすると、係争地(構築物敷地部分を含む。)は、市有地となってからの構築物の設置までの期間の占有開始を原因とする取得時効を主張しても、取得時効の規定の適用はなく、取得時効が成立しないというべきである。
(さいたま地裁平成17年6月8日判決)
当時、水路状の窪地が土地上に存在ししたこと、一斉測量調査時に土地と周囲の境界に境界杭が埋設されその土地の境界が確認され公共用財産として認識されていたこと、その後、原告が土地を土盛りし埋立整形したことにより完全に水路状の窪地が存在しなくなってしまったことが認められ、このような経緯にも鑑みると、原告の土地占有開始時において、土地の水路が長い間事実上公の目的に供用されることなく放置されていたとまではいえず、原告のその後の行為によって公共用財産としての形態、機能を失ったにすぎないから、公共用財産として維持すべき理由がなくなっていたともいえず、そうすると、当該土地が原告占有開始時に黙示の公用廃止が認められるべき要件が満たされていたとはいえないと判示しています。
(東京高裁平成3年2月26日判決)
当該裁判例は、次のように判示しています。
公共用財産の取得時効が認められるためには、自主占有開始の時点までに黙示的に公用が廃止されていなければならない。
公共用財産としての形態・機能が失われ、黙示的な公用廃止の状況にあつたというためには、係争の部分だけに着目するのではなく、公用財産が供用された目的に即して地域的広がりを持つた全体として観察し、原状回復が可能であるかどうかを判断しなければならない。
・係争地が買収直後に、土地台帳に官有道路成、除租と記載されている事実
・道路の路面と土地との間には約2メートル程度の高低差がある事実
・係争地は、明治44年ないし昭和17年には、道路の路面から土地までの間の道路の構成部分としての法面又は道路の維持保全に必要な道路敷地として現実に使用されたものと推認することができること。
・係争地の占有を開始した当時、上記事実があったからといって各土地部分について道路の法面としての形態と機能を喪失するにいたったものと認めることはできない。
したがって、係争地は占有開始当時未だ公共用財産としての形態、機能を全く喪失したものとはいえず、また係争地について公共用財産として維持すべき必要性がなくなったともいい得ないから、係争地につき黙示の公用廃止があったと認めることはできない。
(東京高裁昭和63年9月22日判決)
当該裁判例は次のように判示しています。
本件土地は、旧市道が耕地整理事業によって拡幅されることになり、その拡幅部分の道路敷として被控訴人の所有とされたもの、すなわち公共用財産とすることを予定してそれに備えた工事を施行し、ただ、府県道とする認定あるいは拡幅にともなう市道区域の変更、供用の開始の手続だけが未了の状態の土地であったのであり、しかも、既に公共の用に供されていた旧市道の法面ともなっていたのであって、このような土地については、公共用財産に準じて原則として取得時効が成立しないものと解すべきである。
戦時中に本件土地にも防火用水が掘られたとはいっても、それは緊急的一時的なものであって、その土地本来の用法を変更する態のものでないことはいうまでもない。