迷惑住民

虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

 

顧問先の不動産会社から、騒音を発生させたり、隣室や上階の入居者とトラブルを繰り返している賃借人を立ち退かせることができるかとの相談を受けましたので、裁判例を調べてみました。

 

結論から申し上げますと、迷惑行為も賃貸借契約の解除事由になり得えます。ただし、信頼関係の破壊に至っているかケースバイケースの判断が必要になりますので、数ヶ月分以上家賃を滞納しているような事案ほど単純ではありません。

 

■解除を認めた判例・裁判例


 

最高裁昭和43年9月27日判決

まず、最高裁の判例を紹介させていただきますが、これは賃借人の1人が賃貸人に対し暴力を振るうなどした事案です。すなわち、賃借人の1人の賃貸人に対する傷害行為は家屋の明渡をめぐる紛争に端を発したものであるところ、賃借人らはその謝罪、損害賠償について全く無関心であったのみならず、その後ガレージを無断で築造し、賃貸人からの抗議にもかかわらず、賃借人方においては頑としてこれに応じなかったという事案につき、

これらの事実関係によれば、賃借人らは現に家屋の用法に関し、賃借人としての義務に違反するのみならず、同人らのその前後の態度からして、賃貸人としては、賃借人らが将来も賃借人としての義務を誠実に履行することを期待しえないものというべきであるから、これら賃借人らの所為および態度は、賃借人ら全員について賃貸借契約の即時解除の原因となりうるものと解するのが相当である旨判示しています。

 

東京高裁平成26年4月9日判決

控訴人は、近隣住民等に対して迷惑行為を行い、これについて被控訴人から再三口頭で注意を受け、更にこれが特約違反となり解除事由となると書面によって指摘されても、近隣住民等に対する迷惑行為を繰り返しており、また、これにより生じた近隣住民等との間のトラブルに対して近隣住民等からの申出による話合いもしていない。これらのことに加え、控訴人の度重なる迷惑行為によって近隣住民等には耐え難い深刻な事態となり、近隣住民等が警察及び区役所に対する要望書に連名で押印の上で提出するに至っていること、さらに、控訴人は建物の隣室の入居者に対しても迷惑行為を行ったばかりか粗野な行動をとって不快の感を抱かせ、ひいてはこれに耐えかねた同入居者が被控訴人との間の賃貸借契約を解約して退去するに至り、賃貸人である被控訴人に対して同室の長期間の賃料の受領不能及び同室の新入居者を決めるための同室の賃料の減額という経済的損失まで与えていること、控訴人は当該訴訟の係属中にされた解除の後においても同室に入居した者に対して同様の迷惑行為を行い、同入居者から賃貸人である被控訴人に対して苦情の申入れがされているという事案について、

賃貸借契約の基礎となる賃貸人である被控訴人と賃借人である控訴人との間の信頼関係は、特約が定める禁止行為に該当すると認められ、特約に違反する控訴人による近隣住民等に対する度重なる迷惑行為によって著しく損なわれ、完全に破壊されており、その回復の見込みはないといわざるを得ないとして、解除を認めています。

 

東京地裁平成17年3月7日判決

・控訴人が建物に入居したころから、マンションにおいて、何かを叩くような騒音が一年程の間、昼夜を問わず、毎日、1日に何十回も不規則な間隔で発生し、その後も現在に至るまで、深夜12時過ぎから明け方4時から5時までの間に、1、2時間おき程度の間隔でそれぞれ1ないし3回同様の騒音が発生していること(本件騒音)

・本件騒音に耐えられなくなった入居者が数名、賃貸借契約を解約してマンションから退去していっており、また、マンションの入居者が本件騒音を問題にして、不眠や健康被害を訴えていること

・控訴人は、マンションの廊下まで音が漏れる程度の音量で、テレビを一晩中つけっぱなしにすることがあること

・A夫婦が、控訴人に本件騒音について話し合いを持ちかけたところ、控訴人は、A夫婦に対し、「俺は、前に住んでたところで家主をぶん殴ったんだぞ。」と言ったこと

・Dが控訴人に騒音の苦情を申し入れたところ、控訴人は、Dとの間で言い争いとなったこと

・控訴人は、Cの介護人であるEに対し、「お前か、グチグチ言っているのは、ぶっ殺すぞ。」と言ったこと

これら事実を認定し、解除条項に違反している旨判示しています。

 

東京地裁平成17年2月28日判決

・被告居宅内で深夜から明け方にかけての時間帯に、「バカモン、バカモン」などと訳の分からないことを大声で言い続けたり、

・部屋の中の物をたたくような音を出したりしてアパートの住民の安眠を妨げたり、

・アパートの住民を同アパート付近で見つけると近寄ってきてなかなか離れず、一部の住民に対しては、その住民の職場前まで追いかけて住民を怖がらせたり、

・昼夜問わず酒に酔ってアパートの住民に大声で怒鳴ったりし、

・このような原告への対処に困った住民が、110番通報をして警察官に臨場してもらったことが何度もあるほどで、現在も同様の行為が続いていること、

・被告が、アパートの空地部分に、壊れた自動二輪車や、衣装ケース入りの衣服、ビニールシートなどを乱雑に積み上げて放置し続けており、原告が注意をしても聞き入れなかったこと、

・原告やアパートの住民全員が、賃貸借契約において被告の保証人となっている区に対して被告の行状を陳情し、区から被告に注意をしてもらっても、被告の態度は改められなかったこと。

これらの被告の行動は、特約に規定された「近隣の迷惑となる行為」にあたり、このような行為によって、原、被告間の信頼関係は破壊されたものと認められるから、解除原因があるということができ、賃貸借契約は、無催告でなされた本件解除により終了したものといえると判示しています。

 

大阪地裁平成1年4月13日判決

同判決は、公営住宅における迷惑行為のケースですが、Aは、音に異常な程過敏でかつ粗暴であるところから近隣居住者の通常の生活から必然的に発生する各種の音(生活音)に対し異常な反応を示し、その生活音を発生させた近隣居住者に対し「音がうるさい。」と怒鳴り込み、立腹の余りその仕返しと称して居室において日常的に故意に騒音等を発生させ、時には暴行脅迫に及ぶというもので、Aのこのような生活妨害行為のため、殊にAの居住する居室の真下に当る二〇一号室は原告の入居前から、誰が入居したとしてもその物的設備を通常の用法に従って円満に使用できないのみならず人として通常の平穏な生活を営むことができず、このことによる不利益や精神的苦痛は通常人の受忍限度をはるかに越えていたものと認められるから、二〇一号室は原告の入居前から本件状態を欠いていたものというべきであるとし、

Aの原告に対する前記生活妨害行為は、賃貸人に対する賃貸借契約上の義務に違反し、かつ賃貸人との間の信頼関係を破壊するに足りるものであったから、賃貸人としては、Aに対し賃貸借契約を解除のうえ明渡を求めることもできた旨判示しています。

 

 

■解除を認めなかった裁判例


 

他方、賃貸人が賃借人の迷惑行為を理由に解除を主張したけれども、これが認められなかったものとして、次の裁判例があります。

 

東京地裁平成27年2月24日判決

6歳の長男が、三〇五号室のドアにマニキュアを付けたこと、マンションの三階の通路付近で大便を漏らしたこと、同通路付近に竹輪と納豆ご飯を放置したことがあったについて、その父親に一部損害賠償を認めつつ、長男が、当時六歳であったこと、各行為の内容及び程度、及び、被告らは、警察からの連絡により、長男から話を聞き、長男に対する監督を強めたという経緯に照らし、賃貸借契約の継続が困難である程度まで、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと評価することはできず、また、解除条項所定の事由が存在するということもできないと判示しています。

 

東京地裁平成19年1月12日判決

・被告は、建物を賃借してからの約5年間は、格別問題となるような事態を発生させた事実はない。

・平成14年7月になって、建物の玄関前の共用廊下に食器、棚、雑誌等かなりの量の荷物を放置していた事実が認められるが、このときには、父親である連帯保証人Bの協力により、2か月程度のうちに解決したことが認められる。

・隣人との関係については、平成17年2月12日に306号室の前居住者の母親から、被告が昼夜関係なく建物の玄関前辺りで意味不明の被害妄想的な言葉を発するなどしたり、ドアノブをガチャガチャさせるなどしたとして、原告に連絡があったことから、306号室の前居住者が怖がっていたという事実を認めることはできるが、被告が307号室のドアではなく、306号室のドアをガチャガチャさせていたことを認定するに足りる証拠はなく、被告に加害意思があった事実を認めることはできない。

・また、その後、306号室の前居住者が、他の賃貸物件に転居することなく、結局のところ、同一建物である×××の別の階に移転しただけに止まったことからすれば、306号室の前居住者が受けた被害も比較的軽いものであったことが推認されるというべきである。

 

以上によれば、被告との関係で必ずしも受忍しがたいような状況があると認定することはできないとして、信頼関係を破壊するまでの行為があったとはいえないとして解除を認めていません。