虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

 

前回、正社員と非正社員の待遇差(賃金格差)が、労働契約法20条が禁じる「不合理な格差」にあたるかが争われた訴訟(ハマキョウレックス訴訟)の平成30年6月1日付最高裁判決をご紹介させていただきましたが、同日、最高裁では、同条に関するもう一つの判決がありました。

 

定年退職後に再雇用された嘱託社員が、正社員との待遇差が労働契約法20条に違反するとして争った長沢運輸訴訟の上告審判決です。

政府が平成28年12月に公表した指針案では、定年後に再雇用された非正社員については、判断基準が明記されていませんでしたが、当該判決により、定年後に再雇用された非正社員についても、労働契約法20条が適用されることが明確になりました。

 

もっとも、ハマキョウレックス訴訟では、正社員に支給されている手当の多くが、契約社員に支給されないのは不合理と判断されているのに対し、長沢運輸訴訟では、定年退職後に再雇用された嘱託社員と、正社員との待遇差の大半が容認されています。

 

どうして、このような違いが生じたのでしょうか。

今回は、長沢運輸訴訟に関する最高裁判決の概要をご紹介させていただきます。

 

なお、前提として、ハマキョウレックス訴訟に関するブログをご参照ください。

 


 

◆争点

 

上告人らは、いずれも被上告人(長沢運輸)と無期労働契約を締結し、バラセメントタンク車の乗務員として勤務していましたが、被上告人を定年退職した後、改めて被上告人と有期労働契約を締結し、それ以降もタンク車の乗務員として勤務している方たちです。

 

上告人らは、本件訴訟において、

①嘱託乗務員に対し、能率給及び職務給が支給されず、歩合給が支給されること、

②嘱託乗務員に対し、精勤手当、住宅手当、家族手当及び役付手当が支給されないこと、

③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること、

④嘱託乗務員に対して賞与が支給されないこと

が、嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違であり、労働契約法20条に違反すると主張していました。

 


 

◆最高裁判決の結論

 

これに対し、当該判決は、精勤手当及び超勤手当に係る労働条件の相違は労働契約法20条に違反するとして原審判決を破棄したものの、それ以外の労働条件の相違については、不合理なものとは言えず、同条に違反しないとした原審判決を維持しました。

 


◆判断の枠組み

 

当該判決は、ハマキョウレックス訴訟と同様、労働契約法20条について、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に、

  職務の内容

  当該職務の内容及び配置の変更の範囲

  その他の事情

を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であるとしています。

 

その上で、「有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう『その他の事情』として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。」であると判示しています。

その理由として、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていないことや、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせは老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることを挙げています。

 

また、「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」とも判示しています。

 

個々の労働条件の判断については、直接判決文に当たっていただきたく存じますが、一点、賞与の不支給についてご説明させていただきます。

 


◆賞与の不支給について

 

当該判決は、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であるとはいえず、労働契約法20条に違反しない旨判示しています。

 

その理由として、以下の事情が総合考慮されています。

・嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けていること

・老齢厚生年金の支給を受けることが予定されていること

・その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されていること

・嘱託乗務員の賃金(年収)は、定年退職前の79%程度となることが想定されるものであること

・このように、嘱託乗務員の賃金体系は、嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっていること

 


◆ハマキョウレックス訴訟との違い

 

長沢運輸訴訟においては、原審判決が、「事業主は、高年齢者雇用安定法により、60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置を義務付けられており、定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると、定年退職後の継続雇用における賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない」と判示している通り、上告人らは、被上告人を定年後に再雇用された者であり、すでに退職金を受け、年金の支給も予定されていることや、労働組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の賃金体系が定められた点などが考慮され、ハマキョウレックス訴訟における、一般的な有期労働契約者に関する労働条件の格差に関する結論の違いとなって現れたのではないかと思料します。