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    2018.06.28

    マンションの階上からの騒音防止及び損害賠償請求

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    マンションの階上の部屋からの騒音に悩まされている方は、多くいらっしゃるようですね。当事務所でもご相談を受け、ご依頼を受けております。

     

    今回は、階上の部屋の子供による飛び跳ねや、走り回りなどの騒音が、階下の居住者の受忍限度を超え、不法行為を構成するとして、騒音の差し止め請求や、損害賠償請求を認めた裁判例(東京地裁平成24年3月15日判決。以下、「平成24年判決」と言います。)などをご紹介させていただきます。

     

    なお、騒音の立証方法につきましては、こちらをご参照ください。

    【マンショントラブル】騒音の立証方法

     

    耳をふさぐ

     

     

    ■基本的なものの考え方


     

     

    騒音は、受忍限度を超える場合に、人格権を侵害したものとして、不法行為となります。これは、社会共同生活を営む上で一般通常人ならば当然受任すべき限度を超えた侵害を被ったときに、侵害行為は、違法性を帯び、不法行為責任を負うという考え(受忍限度論)に基づくものです。

     

    ■判決主文


     

     

    平成24年判決は、階上の建物から発生する騒音を、階下の建物内に、「午後9時から翌日午前7時までの時間帯は40db(A)を超えて、午前7時から同日午後9時までの時間帯は53db(A)を超えて、それぞれ到達させてはならない。」として、騒音防止(騒音の差止)を認めるとともに、階下の居室に居住する原告夫婦それぞれの損害賠償請求も認めました。

     

    ■判決理由


     

     

    平成24年判決は、足音、走り回りや飛び降り、飛び跳ねなどを衝撃源とする生活音は、生活実感として、48db(A)を超えるとやや大きく聞こえ、うるささが気になり始める程度に達し、53 db(A)を超えるとかなり大きく聞こえ相当にうるさい程度に達し、40 db(A)であれば、小さく聞こえるもののあまりうるさくない程度にとどまることを認めた上で、

     

    被告の子が認定した頻度・程度の騒音を階下の居室に到達させたことは、被告が配慮すべき義務を怠り、原告らの受忍限度を超えるものとして不法行為を構成するものというべきであり、かつこれを超える騒音を発生させることは、人格権ないし階下の居室の所有権に基づく妨害排除請求としての差止の対象となるとして、上記主文の通り判示したものです。

     

    なお、db(A)とは、マイクロホンで物理的に捉えた音圧信号を人間の耳の感度特性に合わせて評価する場合に使用する単位であり、騒音レベルの評価に使用するものです。

     

    ■損害


     

     

    平成24年判決は、損害として、次のものを認めています。

     ・原告夫婦それぞれの慰謝料のほか、

     ・原告妻が、騒音により頭痛等の症状を訴え、医師より自律神経失調症との診断を受け、通院を開始したことにより支出した治療費・薬代実費

     ・騒音測定を業者に依頼して支払った費用・報酬

     

    騒音の測定費用は、本来、騒音防止や損害賠償請求をするための費用ですが、客観的な騒音の測定は、不法行為の立証のために必要不可欠なものであり、同測定は第三者の専門家に依頼することが必要不可欠であるとして、不法行為と相当因果関係がある損害として認めたものです。

     

    このように、騒音の立証には、客観的な騒音測定が必須ですので、騒音による損害賠償請求等をお考えの方は、必ず、事前に、専門業者に騒音測定を依頼してください。

     

     

    ■その他の裁判例


     

     

    その他にも、階上の居室の子供が廊下を走ったり、跳んだり、跳ねたりする音が階下に居住する住民の受忍限度を超えるとして損害賠償請求を認めた裁判例として、東京地裁平成19年10月3日判決(以下、「平成19年判決」といいます。)があります。

     

    なお、この事案ではもともと損害賠償請求しかなされていませんでしたので、騒音防止(差止)については判断されていません。

     

    平成19年判決では、被告の長男(当時3〜4歳)が廊下を走ったり、跳んだり跳ねたりするときに生じた音が、約1年8ヶ月間、ほぼ毎日、階下の原告の居室に及んでおり、その程度は、かなり大きく聞こえるレベルである50〜65db程度のものであることが多いことや、

     

    被告は、床にマットを敷いたものの、その効果は明らかではなく、それ以外にどのような対策を採ったのかも明らかでなく、

     

    原告に対しては、「これ以上静かにすることはできない」、「文句があるなら建物に言ってくれ」と乱暴な口調で突っぱねたり、原告の申し入れを取り合おうとしなかったのであり、その対応は極めて不誠実なものであったことなどを認定し、

     

    原告の慰謝料や、若干の弁護士費用を損害として認めています。

     

     

     

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    2018.06.26

    【不動産】老朽化し耐震基準を満たさない建物の明渡の可否

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    不動産業者や大家さんから、「賃借人に対し、老朽化し、耐震基準を満たさなくなった建物からの明け渡しを求めた場合、認められるか?」という質問を受けることができますので、今回は、この問題点について、説明させていただきます。

     

    私の見解は、「明け渡し請求が認められる可能性が高い」です。

     

     

    ■契約を終了させる方法


     

     

    賃貸借契約を終了させる方法は、賃貸借期間満了に伴う更新拒絶か、期間内の解約申し入れのいずれかによります。

     

    賃貸人から、期間内の解約申し入れができるのは、賃貸借契約に「期間の定めがない場合」(例えば、法定更新後の賃貸借契約の場合。借地借家法第26条1項但書)か、期間の定めがある場合でも、契約書に、賃貸人の期間内解約権が定められている場合です。実務上、この期間内解約権の特約は、有効と解されています。

     

    上記のいずれにも該当せず、期間内の解約申し入れができない場合は、賃貸借期間満了に伴い更新拒絶をするしかありません。

     

     

    ■予告期間


     

     

    更新拒絶は、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に、借家人に対し更新しない旨の通知をしなければなりません(同法第26条1項)。

    また、解約申入れは、解約申し入れの日から6ヶ月を経過することによって、賃貸借契約が終了します(同法第27条1項)。

     

    いずれにせよ、即時に契約を解除することはできず、それよりも早く明け渡してもらいたい場合には、借家人との任意の交渉となります。

     

     

    ■正当事由


     

     

    賃貸人からの更新拒絶や解約申入れは、無条件で認められるわけではなく、次の事情の総合考慮により、「正当な理由」がある場合でなければ、認められません(同法第28条)。

     

     ・賃貸人の建物の使用を必要とする事情

     ・賃借人(転借人を含む)の建物の使用を必要とする事情

     ・建物賃貸借に関する従前の経緯 ・建物の利用状況

     ・建物の現況 ・賃貸人の賃借人に対する財産上の給付(いわゆる立退料)の申出

     

    建物の老朽化や耐震基準を満たしていないことは、「建物の現況」の判断要素です。

     

    賃借人の建物の使用を必要とする事情に関し、借家人が営業上の投資をしていたり、当該建物での営業継続の必要性が高く、明渡しが借家人の生計に大きな打撃を与える場合には、立退料や代替家屋を提供しても正当事由が認められない可能性が高いです。

     

    また、立地により業績が大きく左右される物販や飲食店などの店舗に対し、移転により業務への影響が少ない事務所は比較的正当事由が認められやすい傾向にあります。

     

     

    ■裁判例


     

     

    【東京地裁平成28年8月26日判決】

    同判決は、建築から45年程度経過し、耐震の観点から安全性が認められるためには、Iso(構造耐震判定指標値)である0.6を上回る必要があるが、それを下回っている建物につき、震度6ないし7程度の地震が発生した場合に、中破・大破する可能性が高く、倒壊し、崩壊する危険性が高い一方、耐震性補強工事には多額の費用がかかること、借家人である公認会計士・税理士事務所が代替物件を見つけて移転する支障は比較的少ないと考えられることを認定し、相当な立退料の支払いと引き換えに、建物の明け渡しを認めています。

     

    【東京地裁平成28年12月22日判決】

    同判決は、賃借人が新築当初から建物を賃借して居住しており、賃借人の建物を使用する必要性を認める一方、建物が築後約43年経過しており、現在における耐震基準や耐火基準を満たしていないところ、一般居住用の木造建築建物として、経済的な効用を既にほぼ果たしていること、建物周辺は事務所やマンションが林立しており、建物を取り壊し、当該土地にマンションを建築することによって土地の有効活用を図ることについては、十分な合理性があることを認定し、相当な立退料の支払いと引き換えに、建物の明け渡しを認めています。

     

     

    ■立退料


     

     

    耐震基準を満たさないこと等を理由に正当事由が認められ、明け渡しが認められる場合でも、賃貸人から借家人に対する相当額の立退料の引き換え給付が命じられることが一般的です。

     

    立退料の算出方法にはいくつかの方法がありますが、前述の東京地裁平成28年12月22日判決では、引越料その他の移転実費、転居後の賃料と現賃料の差額の2年分程度を基準として、その他の事情を総合考慮して、立退料について、350万円を相当と判示しています。

     

    なお、正当事由の判断に際しては、解約申入れ後の立退料の増額の申し出も斟酌することができると解されています(最高裁平成3年3月22日判決)。

     

     

     

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    2018.06.20

    スモークツリー

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    ただ今、当事務所のエントランスを彩る草花は、スモークツリーです。

     

    スモークツリー

     

    花を咲かせた後にふわふわとした花穂をつけ、遠くから見ると煙を上げているように見えることからこの名前が付けられたようです。

     

    おっきなタンポポの綿毛がいっぱい集まった感じで、エントランスホールを通る度に、なんだかフワフワした気分にさせられます。

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    2018.06.13

    【企業法務】物品運送の法改正について知っておくべき7つのこと

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    今年5月25日に、120年ぶりの改正となる商法(運送法・海商法)が公布されました。来年(公布から1年以内)の施行が予定されており、運送業務に関わる企業に、契約書や実務運用の点で、大きな影響を及ぼすと考えられます。

     

    そこで、今回は、物品運送に関する法改正のポイントについてご紹介させていただきます。

     


     

    1 危険物に関する荷送人の通知義務(新設)

     

    荷送人(運送を依頼する者。荷主や、総合物流業者、フォワーダー、宅配業者などの運送取扱人)は、運送品が引火性、爆発性その他の危険性を有するものであるときは、その引渡しの前に、運送人に対し、次の情報を通知しなければなりません(改正商法第572条)。

     

     その旨、

     当該運送品の品名、

     性質、

       その他の当該運送品の安全な運送に必要な情報

     

    現行法に規定はありませんでしたが、改正法で新設されました。

    荷送人がこの通知義務を怠り、事故が起こった時、荷送人が損害賠償責任を負うおそれがあります。

    ※この規定は任意規定のため、契約で商法と異なる定めにすることができます。

     


    2 高価品の損害についての運送人の責任

     

    現行法では、荷送人が運送人に対し、運送を委託するにあたり、高価品であることを明告しなければ、運送人は損害賠償責任を負いませんでした(商法第578条)。

     

     

    これに対し、改正法では、次の場合には、上記規律が適用されず、運送人が損害賠償義務を負わされる場合があります(改正商法第577条2項)。

     

     物品運送契約の締結の当時、運送品が高価品であることを運送人が知っていたとき

     運送人の故意又は重大な過失によって高価品の滅失、損傷又は延着が生じたとき。

     

    ※この規定も任意規定のため、契約で商法と異なる定めにすることができます。

     


    3 複合運送人の責任

     

    陸上運送、海上運送又は航空運送のうち二以上の運送を一の契約で引き受けた場合における運送品の滅失等についての運送人の損害賠償の責任は、それぞれの運送においてその運送品の滅失等の原因が生じた場合に当該運送ごとに適用されることとなる日本国の法令又は日本国が締結し た条約の規定に従うことになります(改正商法第578条1項)

     


    4 全部滅失の場合の荷受人の損害賠償請求権

     

    現行法では、荷受人(運送された物品を引き受けた者)は、一部でも荷物が届かなければ請求できませんでした。

     

    これに対し、改正法では、荷受人は、運送品の全部が滅失したときも、物品運送契約によって生じた荷送人の権利と同一の権利を取得するとして、損害賠償請求することができるようになります(改正商法第581条1項)。

     

    なお、荷受人が運送品の引渡し又はその損害賠償の請求をしたときは、荷送人は、その権利を行使することができなくなります(同条2項)。

     

    ※この規定も任意規定のため、契約で商法と異なる定めにすることができます。

     


    5 運送人の責任の消滅等

     

    運送品の損傷又は一部滅失についての運送人の責任は、荷受人が異議をとどめないで運送品を受け取ったときは、消滅します。

    ただし、運送品に直ちに発見することかができない損傷又は一部滅失があった場合において、荷受人が引渡しの日から2週間以内に運送人に対してその旨の通知を発したときは、この限りではありません(改正商法第584条1項)。

     

    また、運送品の滅失等についての運送人の責任は、運送品の引渡しがされた日(運送品の全部滅失の場合には、その引渡しがされるべき日)から1年以内に裁判上の請求がされないときは、消滅します(改正商法第585条1項)。現行法の5年の商事消滅時効より大幅に短縮されましたので、ご注意ください。

    なお、この期間は、運送品の滅失等による損害が発生した後に限り、合意により、延長することができます(同条2項)。

     

    この規定は、運送品の滅失等についての、運送人の荷送人又は荷受人に対する不法行為による損害賠償の責任についても準用されます。

     


    6 運送人の債権の消滅時効

     

    運送人の荷送人又は荷受人に対する債権は、これを行使することができる時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します(改正商法第586条)

     


    7 運送人の被用者の損害賠償責任

     

    運送品の滅失等についての運送人の損害賠償の責任が免除され、又は軽減される場合は、その限度において、その運送品の滅失等についての運送人の被用者の荷送人又は荷受人に対する不法行為による損害賠償の責任も、減免されます(改正商法第588条1項)。

     

    ただし、この規定は、運送人の被用者の故意又は重大な過失によって運送品の滅失等が生じたときは、適用されません(同条2項)。

     

     

     

     

     

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    2018.06.06

    【不正競争・損害賠償】製品のデータ改ざんを理由とする損害賠償請求

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    神戸製鋼所によるアルミや銅製品の品質データ改ざん問題について、強制捜査が行われました。検査データの数値を改ざんしたり、検査をせずに数値を捏造したりして、うその検査証明書を顧客に提出し、販売していたとのことです。

    また、スバルでも、道路運送車両法の保安基準を満たしていない数値について、排ガス・燃費データの改ざんが行われていたようです。

     

    このような行為は、商品の品質等について誤認させるような表示を禁じる不正競争防止法第2条1項第14号に違反する疑いがあります。

     

    虚偽表示(誤認惹起行為)をした場合、刑事上、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金(又はこれらの併科)が科されるおそれがありますが(同法第21条第2項第1、5号)、民事上の損害賠償責任についてはどうでしょうか。

     


     

    ◆契約当事者の場合

     

    データを改ざんした製造業者から、契約により直接製品の供給を受けていた業者は、その品質が契約内容になっている場合、製造業者に対し、契約の債務不履行(不完全履行)に基づき損害賠償請求することができます。

     

    では、契約書上、どの程度の品質を満たす必要があるか明確に定められていない場合はどうでしょうか。

     

    この場合、当事者が契約においていかなる品質のものを予定していたのか、当事者の意思を探求することになります。契約書上は定められていなくても、行政法規や業界のルールにおいて、品質基準が定められているような場合には、その品質を満たしていないと、債務不履行と評価される可能性が高いでしょう。

     

    どの品質のものを引き渡すべきかが契約の内容及び性質に照らして定まらないときには、民法上、債務者は中等の品質のものを引き渡さなければならない旨の規定もありますが(第401条第1項)、まず当事者の意思解釈が先であり、この規定が適用される場合は少ないと考えられます。

     


     

    ◆契約当事者でない場合

     

    製造業者と直接契約関係には立たないが、流通した製品に関し損害を被った者は、データを改ざんした製造業者に対し、不法行為(民法709条)あるいは製造物責任法第3条に基づき、損害賠償請求することが考えられます。

     

    この点、原告であるマンションの販売会社が、マンションに用いる予定であった免震ゴムの欠陥のために、顧客との契約の解除及びそれに伴う違約金の支払を余儀なくされたなどとして、免震ゴムの製造業者(被告)に対し、不法行為等に基づき、約3億円の損害賠償請求をした事案では、免震ゴムの不適合の原因は、被告内部におけるデータの改ざんにあるのだから、被告が、故意又は過失により、原告のマンションの販売者としての法律上の利益を侵害したことは明らかであるとして、損害賠償請求を認容しています(東京地裁平成27年2月27日判決)。

     

    ところで、製造業者からは、データの改ざんがあっても製品の安全性には問題がないと主張が考えられます。しかし、上記裁判例では、仮に客観的には安全性への有意な影響がないとしても、行政法規に対する不適合があれば、当該免震ゴムをそのまま使用してマンションを竣工させ、買主に引き渡すということは現実には不可能であるとして損害賠償請求を認めています。

     


     

    ◆競争関係にある事業者の場合

     

    データを改ざんした製造業者と競争関係にある事業者は、誤認惹起行為(データ改ざん)により、「営業上の利益を侵害」された場合には、不正競争防止法第4条により損害賠償請求することができます。

     

    この場合、損害額の推定等により、競争関係にある事業者の立証責任が軽減されています。

     

    なお、一般消費者は、「営業上の利益を侵害」されることが考えられないため、原則として、不正競争防止法に基づく損害賠償の請求主体にはなりません。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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    2018.06.05

    定年退職後に再雇用された嘱託社員の賃金格差に関する最高裁判例

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    前回、正社員と非正社員の待遇差(賃金格差)が、労働契約法20条が禁じる「不合理な格差」にあたるかが争われた訴訟(ハマキョウレックス訴訟)の平成30年6月1日付最高裁判決をご紹介させていただきましたが、同日、最高裁では、同条に関するもう一つの判決がありました。

     

    定年退職後に再雇用された嘱託社員が、正社員との待遇差が労働契約法20条に違反するとして争った長沢運輸訴訟の上告審判決です。

    政府が平成28年12月に公表した指針案では、定年後に再雇用された非正社員については、判断基準が明記されていませんでしたが、当該判決により、定年後に再雇用された非正社員についても、労働契約法20条が適用されることが明確になりました。

     

    もっとも、ハマキョウレックス訴訟では、正社員に支給されている手当の多くが、契約社員に支給されないのは不合理と判断されているのに対し、長沢運輸訴訟では、定年退職後に再雇用された嘱託社員と、正社員との待遇差の大半が容認されています。

     

    どうして、このような違いが生じたのでしょうか。

    今回は、長沢運輸訴訟に関する最高裁判決の概要をご紹介させていただきます。

     

    なお、前提として、ハマキョウレックス訴訟に関するブログをご参照ください。

     


     

    ◆争点

     

    上告人らは、いずれも被上告人(長沢運輸)と無期労働契約を締結し、バラセメントタンク車の乗務員として勤務していましたが、被上告人を定年退職した後、改めて被上告人と有期労働契約を締結し、それ以降もタンク車の乗務員として勤務している方たちです。

     

    上告人らは、本件訴訟において、

    ①嘱託乗務員に対し、能率給及び職務給が支給されず、歩合給が支給されること、

    ②嘱託乗務員に対し、精勤手当、住宅手当、家族手当及び役付手当が支給されないこと、

    ③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること、

    ④嘱託乗務員に対して賞与が支給されないこと

    が、嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違であり、労働契約法20条に違反すると主張していました。

     


     

    ◆最高裁判決の結論

     

    これに対し、当該判決は、精勤手当及び超勤手当に係る労働条件の相違は労働契約法20条に違反するとして原審判決を破棄したものの、それ以外の労働条件の相違については、不合理なものとは言えず、同条に違反しないとした原審判決を維持しました。

     


    ◆判断の枠組み

     

    当該判決は、ハマキョウレックス訴訟と同様、労働契約法20条について、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に、

      職務の内容

      当該職務の内容及び配置の変更の範囲

      その他の事情

    を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であるとしています。

     

    その上で、「有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう『その他の事情』として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。」であると判示しています。

    その理由として、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていないことや、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせは老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることを挙げています。

     

    また、「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」とも判示しています。

     

    個々の労働条件の判断については、直接判決文に当たっていただきたく存じますが、一点、賞与の不支給についてご説明させていただきます。

     


    ◆賞与の不支給について

     

    当該判決は、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であるとはいえず、労働契約法20条に違反しない旨判示しています。

     

    その理由として、以下の事情が総合考慮されています。

    ・嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けていること

    ・老齢厚生年金の支給を受けることが予定されていること

    ・その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されていること

    ・嘱託乗務員の賃金(年収)は、定年退職前の79%程度となることが想定されるものであること

    ・このように、嘱託乗務員の賃金体系は、嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっていること

     


    ◆ハマキョウレックス訴訟との違い

     

    長沢運輸訴訟においては、原審判決が、「事業主は、高年齢者雇用安定法により、60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置を義務付けられており、定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると、定年退職後の継続雇用における賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない」と判示している通り、上告人らは、被上告人を定年後に再雇用された者であり、すでに退職金を受け、年金の支給も予定されていることや、労働組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の賃金体系が定められた点などが考慮され、ハマキョウレックス訴訟における、一般的な有期労働契約者に関する労働条件の格差に関する結論の違いとなって現れたのではないかと思料します。

     

     

     

     

     

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    2018.06.04

    正社員と非正社員の賃金格差の判断基準に関する最高裁判例

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    今月1日(平成30年6月1日)、最高裁において、正社員と非正社員の待遇差(賃金格差)が、労働契約法第20条が禁じる「不合理な格差」にあたるかが争われた訴訟(ハマキョウレックス訴訟)の判決がありました。最高裁が同条について判断を示したのは初めてのことです。

     

    当該判決は、賃金の総額を比較するのではなく、手当など項目の趣旨を個別に考慮しています。

     

    そして、正社員に対し支給されている住宅手当を、非正社員に対し支給しないことは不合理とはいえないと判示する一方、皆勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当を支給しないこと及び通勤手当の額に差を設けることは、不合理であり、労働契約法20条に違反する旨判示しました。4人の裁判官全員一致の意見でした。

     

    当該判決は、労働条件に関する企業実務への影響が大きいことから、今回、ご紹介させていただきます。

     


     

    ◆労働契約法20条とは

     

    労働契約法20条は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」と規定しています。

     

    当該判決は、同条にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうと判示しています。

     


     

    ◆「不合理と認められるもの」とは

     

    労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」の意味について、当該判決は、同条の文理解釈や、同条は、職務の内容等が異なる場合であっても、その違いを考慮して両者の労働条件が均衡のとれたものであることを求める規定であることから、同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当であると判示しています。

     


    ◆労働契約法20条違反の効力

     

    当該判決は、「同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり、有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となる」と判示しました。同条は、私法上の効力のない訓示規定であるという上告会社の主張を排斥しています。

     

    もっとも、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない」とも判示しています。

     

    そのため、契約社員が、賃金等に関し、正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求める請求は理由がなく、また、これを前提とする、労働契約に基づく、差額賃金請求も理由がないとしています。

    労働契約法20条に違反する労働条件は無効ですが、だからといって、契約社員が正社員と同じ労働契約上の地位を有することになるわけではないということです。同条に違反する労働条件に基づく賃金差額相当額については、不法行為に基づく損害賠償請求を認めています。

     

    以下、各手当について、個別に説明させていただきます。

     


    ◆住宅手当

     

    今回のハマキョウレックス訴訟の事案では、トラック運転手(乗務員)として勤務している正社員と契約社員の職務の内容に違いはないが、職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては、正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来、会社の中核を担う人材として登用される可能性かがあるのに対し、契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来、そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがありました。

     

    住宅手当は、従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で、支給されるものと解されるところ、契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し、正社員については、転居を伴う配転が予定されているため、正社員に対して住宅手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないなどとして、労働契約法20条に違反しないと判示しました。

     

    正社員の「長期雇用のインセンティブ」といった抽象的な理由によって、契約社員に対する住宅手当の不支給が正当化されているわけではないことに注意が必要です。

    また、正社員についても、転居を伴う配転が予定されていないにも関わらず、正社員に対しては住宅手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給していない会社の場合には、労働契約法20条に違反すると判断されるおそれがあります。

     


    ◆皆勤手当

     

    これに対し、皆勤手当については、上告会社が運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから、皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ、上告会社の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから、出勤する者を確保することの必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではないとして、契約社員に対し、皆勤手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。

     


    ◆無事故手当

     

    同様に、無事故手当は、優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得を目的として支給されるものであると解されるところ、上告会社の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから、安全運転及び事故防止の必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではないとして、契約社員に対し、無事故手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。

     


    ◆作業手当

     

    作業手当は、特定の作業を行った対価として支給されるものであり、作業そのものを金銭的に評価して支給される性質の賃金であると解されるが、 上告会社の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないことなどから、契約社員に対し、作業手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。

     


    ◆給食手当

     

    給食手当は、従業員の食事に係る補助として支給されるものであるから、勤務時間中に食事を取ることを要する労働者に対して支給することがその趣旨にかなうものであるところ、上告人の乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならない上、勤務形態に違いがあるなどといった事情はうかがわれず、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、勤務時間中に食事を取ることの必要性やその程度とは関係がないなどとして、契約社員に対し、給食手当を支給しないことは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。

     


    ◆通勤手当

     

    通勤手当は、通勤に要する交通費を補塡する趣旨で支給されるものであるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるも のではないなどとして、正社員と契約社員とで通勤手当の金額が異なることは不合理であり、労働契約法20条に違反すると判示しました。

     

     

     

     

     

     

     

  • lawyer

    2018.06.01

    司法取引について企業担当者が知っておくべき7つのこと

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    ついに本日平成30年6月1日から、日本で初めて、「司法取引」が導入されました。

     

    司法取引の対象犯罪には、法人への罰金刑のある経済犯罪が広く含まれており、実行役の社員が上司の指示を明かして罪の減免を図るケースなどが想定され、司法取引導入による、企業活動へのインパクトは大きいものがあります。

     

    そこで、今回は、司法取引について、企業の役員や法務担当者が知っておくべき基礎知識について、簡潔にご説明させていただきます。

     

     

     

     


     

    1 司法取引の概要

     

    今回日本で導入された司法取引は、他人の犯罪を捜査機関に明かす見返りに、自身の刑事処分を軽くするというものです。

     

    捜査・公判協力型と呼ばれるものであり、情報提供の対象は、あくまで他人の犯罪に関するものに限られます。典型的なものとして、被疑者・被告人が自ら関与した犯罪について、その共犯者に対する訴追に協力することが想定されています。

     

    自己負罪型司法取引を認めている米国と異なり、企業や従業員が自らの犯罪を自白しても、それは司法取引の対象にはなりませんので、ご注意ください。

     


     

     

    2 司法取引の対象犯罪

     

    すべての犯罪が司法取引の対象となるわけではなく、司法取引の対象犯罪は、特定の財政経済犯罪及び薬物銃器犯罪など特定犯罪に限られています

     

    司法取引の対象となる特定犯罪のうち、企業活動に関係する犯罪としては次のようなものが挙げられます。

    贈収賄や詐欺、横領、背任

    脱税

    独占禁止法違反(談合、カルテル)

    金融商品取引法違反(粉飾決算、インサイダー取引)

    特許権侵害

    不正競争防止法違反

    会社法違反(特別背任等)

    など

     


     

     

    3 司法取引の進め方

     

    捜査機関側で司法取引ができるのは、起訴の権限がある検察だけで、警察はできません。

     

    司法取引は、検察官か、被疑者・被告人、どちら側からでも持ちかけることができます。

     

    もっとも、最高検の方針によれば、検察官は、これまでの捜査手法で成果を得ることが難しい場合に、司法取引の協議の開始を検討するようです。また、検察幹部の話では、取り調べの中で、検察官から司法取引を持ちかけることはないとのことです。

     

    司法取引の話し合いには、一貫して弁護人の同席が必要です。

     

    被疑者と弁護人、検察官が取引に合意すれば、3者が合意した内容を記した書面に署名をして、司法取引の成立となります。

     


     

     

    4 被疑者・被告人の捜査・訴追協力の内容

     

     司法取引に際し、被疑者・被告人は、次のような協力をする必要があります。

     

    ①検察または警察の取調べに際して、他人の犯罪事実を明らかにするため、真実の供述をすること。

    ②他人の刑事事件の証人として尋問を受ける場合において、真実の供述をすること。

    ③他人の犯罪事実を明らかにするため、証拠物を提出すること。

    ④上記①から③に付随する行為であり、合意の目的を達成するために必要な行為

     


     

     

    5 司法取引の見返り

     

    他方、被疑者・被告人が、捜査・訴追に協力した見返りとして、検察官が提供する減免行為としては、次のようなことが挙げられます。

     

    ①不起訴にすること、あるいは公訴を取り消すこと。

    ②軽い罪で起訴したり、軽い罪に訴因を変更すること。

    ③被告人に軽い刑を科すべき旨の意見を陳述すること。

    ④即決裁判手続きや略式命令といった簡易な手続きでの訴追をすること。

     


     

     

    6 司法取引が成立しなかった場合

     

    検察官は、被疑者・被告人から、どんな協力が得られるかを聞き、重要な証拠を得られる見込みがなかったり、協議での説明が信用できなかったりする場合には、司法取引に合意しません。このように、一旦協議が開始されても、司法取引が成立しないおそれがあります。

     

    このような場合に、協議の過程で他人の刑事事件について、被疑者・被告人の調書等が作成されていても、これら調書等は他人の刑事事件において証拠として用いることができません。

     

    もっとも、協議の過程で行われた被疑者の供述を手掛かりとして、捜査機関が捜査を行った結果、新たな証拠(派生証拠)が発見した場合、その派生証拠の使用については禁止されませんので、司法取引が成立しない場合には、そのようなリスクがあることも予め考慮した上で、司法取引の協議に臨むことが必要です。

     


     

     

    7 会社と社員の利害対立のおそれ

     

    司法取引は、他人の犯罪を捜査機関に明かす見返りに、自身の刑事処分を軽くするというものですから、司法取引をめぐり、実行役の社員、それを指示した上司、あるいは会社との間で利害が対立するおそれがあります。

     

    このような場合、利益相反との関係で、社員と上司、会社の弁護人を一つの法律事務所に依頼することはできず、複数の法律事務所に分けて依頼をしなければなりません。

     

     

     

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