虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

 

不動産業者や大家さんから、「賃借人に対し、老朽化し、耐震基準を満たさなくなった建物からの明け渡しを求めた場合、認められるか?」という質問を受けることができますので、今回は、この問題点について、説明させていただきます。

 

私の見解は、「明け渡し請求が認められる可能性が高い」です。

 

 

■契約を終了させる方法


 

 

賃貸借契約を終了させる方法は、賃貸借期間満了に伴う更新拒絶か、期間内の解約申し入れのいずれかによります。

 

賃貸人から、期間内の解約申し入れができるのは、賃貸借契約に「期間の定めがない場合」(例えば、法定更新後の賃貸借契約の場合。借地借家法第26条1項但書)か、期間の定めがある場合でも、契約書に、賃貸人の期間内解約権が定められている場合です。実務上、この期間内解約権の特約は、有効と解されています。

 

上記のいずれにも該当せず、期間内の解約申し入れができない場合は、賃貸借期間満了に伴い更新拒絶をするしかありません。

 

 

■予告期間


 

 

更新拒絶は、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に、借家人に対し更新しない旨の通知をしなければなりません(同法第26条1項)。

また、解約申入れは、解約申し入れの日から6ヶ月を経過することによって、賃貸借契約が終了します(同法第27条1項)。

 

いずれにせよ、即時に契約を解除することはできず、それよりも早く明け渡してもらいたい場合には、借家人との任意の交渉となります。

 

 

■正当事由


 

 

賃貸人からの更新拒絶や解約申入れは、無条件で認められるわけではなく、次の事情の総合考慮により、「正当な理由」がある場合でなければ、認められません(同法第28条)。

 

 ・賃貸人の建物の使用を必要とする事情

 ・賃借人(転借人を含む)の建物の使用を必要とする事情

 ・建物賃貸借に関する従前の経緯 ・建物の利用状況

 ・建物の現況 ・賃貸人の賃借人に対する財産上の給付(いわゆる立退料)の申出

 

建物の老朽化や耐震基準を満たしていないことは、「建物の現況」の判断要素です。

 

賃借人の建物の使用を必要とする事情に関し、借家人が営業上の投資をしていたり、当該建物での営業継続の必要性が高く、明渡しが借家人の生計に大きな打撃を与える場合には、立退料や代替家屋を提供しても正当事由が認められない可能性が高いです。

 

また、立地により業績が大きく左右される物販や飲食店などの店舗に対し、移転により業務への影響が少ない事務所は比較的正当事由が認められやすい傾向にあります。

 

 

■裁判例


 

 

【東京地裁平成28年8月26日判決】

同判決は、建築から45年程度経過し、耐震の観点から安全性が認められるためには、Iso(構造耐震判定指標値)である0.6を上回る必要があるが、それを下回っている建物につき、震度6ないし7程度の地震が発生した場合に、中破・大破する可能性が高く、倒壊し、崩壊する危険性が高い一方、耐震性補強工事には多額の費用がかかること、借家人である公認会計士・税理士事務所が代替物件を見つけて移転する支障は比較的少ないと考えられることを認定し、相当な立退料の支払いと引き換えに、建物の明け渡しを認めています。

 

【東京地裁平成28年12月22日判決】

同判決は、賃借人が新築当初から建物を賃借して居住しており、賃借人の建物を使用する必要性を認める一方、建物が築後約43年経過しており、現在における耐震基準や耐火基準を満たしていないところ、一般居住用の木造建築建物として、経済的な効用を既にほぼ果たしていること、建物周辺は事務所やマンションが林立しており、建物を取り壊し、当該土地にマンションを建築することによって土地の有効活用を図ることについては、十分な合理性があることを認定し、相当な立退料の支払いと引き換えに、建物の明け渡しを認めています。

 

 

■立退料


 

 

耐震基準を満たさないこと等を理由に正当事由が認められ、明け渡しが認められる場合でも、賃貸人から借家人に対する相当額の立退料の引き換え給付が命じられることが一般的です。

 

立退料の算出方法にはいくつかの方法がありますが、前述の東京地裁平成28年12月22日判決では、引越料その他の移転実費、転居後の賃料と現賃料の差額の2年分程度を基準として、その他の事情を総合考慮して、立退料について、350万円を相当と判示しています。

 

なお、正当事由の判断に際しては、解約申入れ後の立退料の増額の申し出も斟酌することができると解されています(最高裁平成3年3月22日判決)。