霞が関パートナーズ法律事務所の弁護士伊澤大輔です。

 

今回は、原審での訴訟上の和解が、控訴人の真意に出たものではないとして、控訴審において無効と判断された事例(東京高裁平成26年7月17日判決)をご紹介させていただきます。

訴訟上の和解が無効と判断されることは非常に珍しいことです。原審の裁判官が直接、当事者の意向を確認して、和解が成立したものと判断しているわけですから、それが普通覆ることはありません。

 

当該事例は、築50年以上の老朽化した木造アパートの1室を月3万2000円で借りていた賃借人に対し、大家さんが建物の明け渡しを求めた訴訟です。原審において、大家さんが、賃借人に対し、立退料として220万円を支払う等を内容とした訴訟上の和解が成立したとして、和解調書も作成されましたが、その後、賃借人は和解は無効であると主張して、控訴をしました。

 

原審において、賃借人は一貫して立退料として340万円の支払を求めており、前任裁判官が賃借人に対し、4回の和解期日に渡り、和解の勧奨(説得)をしたが、合意には達せず、和解は一旦打ち切りとなり、その後、前任裁判官の異動により、後任の裁判官と交代し、後任裁判官の下で和解が成立したものとされました。

 

上記控訴審判決は、このように一切譲歩の姿勢を見せない賃借人が、仮に和解期日において、340万円より減額した金額で明け渡すことを承諾したかのような言葉を発したとしても、賃借人の上記姿勢を考慮すれば、それが賃借人の真意に出たものか確認を慎重にすべきであった旨の一般論を述べた上で、和解期日における原審の後任裁判官と賃借人のやりとりは、そのほとんどが和解室での両名だけの会話であったこと、和解条項の内容は、それが賃借人の真意に基づいたものであることが明白であるといえるほど単純なものではないこと(和解条項は使用損害金や供託金の帰属を含め15項目に及びます)、賃借人が裁判所に振込先口座を連絡しないなど和解期日後に和解の成立を前提とする行動をとっていないこと、このほかに、和解条項が賃借人の真意に出たものであることを認めるに足りる証拠はないことを理由に、和解は無効であると判示しました。

 

ところで、賃借人にとって、その主張どおり、訴訟上の和解が無効と判断されたまではよかったものの、その結果、控訴審において、立退料の金額について自判され、和解の220万円よりも大幅に低い、40万円(賃料の約1年分)と判断されてしまいました。

 

もともと賃借人の主張する立退料の金額が過大だったのであり、裁判官の和解勧奨も、賃借人にとってよかれと考えてしていたことであって、それをむげに断り続けるのは、かえって損をしてしまう見本ですね。