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2021.04.19
【損害賠償】店舗火災や業務上の火災では、損害賠償請求できる?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
近隣から発生した火災被害に遭った場合、自らかけている火災保険により補償を受けるのが一般的でしょう。
しかし、建物に火災保険をかけているだけでは、家財の損害は補償されません。家財も対象とした保険に加入する必要があります。
また、火災被害に遭ったことにより、うつ病になってしまい、通院したり、お店の経営をしていたが休業を余儀なくされ、休業損害が生じたような場合も、このような損害は自らかけている火災保険では、補償されないのが通常です。
そこで、火災保険では補償されない損害について、火災をおこした加害者(失火者)に対し、損害賠償請求したいが、失火者に重過失がないと、損害賠償請求できないと聞くので、果たしてできるだろうかとお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
■失火責任法の規定
失火責任法は、「民法709条の規定は失火の場合にはこれを適用せず。ただし失火者に重大なる過失ありたるときはこの限りにあらず。」と規定しています。そのため、失火者に重過失がなければ、不法行為に基づく、損害賠償請求をすることはできません。
■重過失とは
最高裁昭和32年7月9日判決は、「重大なる過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、「わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い注意欠如の状態」を指すものと判示しています。
しかし、下級審裁判例では、形式的には「故意に近い著しい注意欠如」という枠組みを用いながらも、具体的な判断に際して故意と比べて、重大な過失の有無を判断したものはありません。
下級審判決では、火気を扱う事業者について、自らの過失に基づき火災を発生させた場合には、基本的に、重過失があるとして、損害賠償責任が認められています。
行為義務自体が高められている場合、とりわけ、業務上の注意義務違反がある場合には、その違反をもって重過失と判断する傾向にあります。
業務者はたとえ軽過失であったとしても、重過失のある市民と同じレベルのサンクションを受けるべきと考えられているのです。
刑法第117条の2も、「業務上必要な注意を怠ったことによる」過失と、「重大な過失による」失火とを並べて、同等に刑罰を加重していいます(以上、潮見佳男著「不法行為法Ⅰ〔第2版〕」259頁)。
以下、重過失があるとして、損害賠償請求を認めた裁判例を紹介させていただきます。
■東京高裁平成29年9月27日判決
中華料理店の厨房付近から発生した火災により、当該店舗の上の階にあった居酒屋が全焼したことについて、中華料理店の従業員がガスこんろの調理用の火を消し忘れたもので、従業員にはガスこんろの調理用の火が点いたままであるとの認識がなかったものと考えられるが、揚げ物用の油が入った鍋を載せたガスこんろの火が点いていることを忘れて、その場を離れれば、火災に至る可能性があることは、料理人である従業員において極めて容易に予見することができる事柄であり、従業員には、揚げ物用の油が入った鍋の使用を終える際、ガスこんろの火が消えていることを確認すべき注意義務があるところ、その注意義務はわずかな注意を払えば履行することが十分に可能な内容というべきである。それにもかかわらず、従業員は、ガスこんろの調理用の火を消し忘れてその場を離れ、その結果、火災になったというのであるから、その失火については、従業員に重大な過失があったとするのが相当であると判示しています。
■その他の厨房器具に関する火災で損害賠償を認めた裁判例
その他にも、次の厨房器具に関する火災事案では、いずれも重過失があるとして、損害賠償請求を認めています。
(東京地裁昭和56年5月19日判決)
ガスコンロでから揚げを調理している途中で調理室を出て、料理の下準備をしているうち、ガスコンロの火がから揚げの油に引火して火災となった事案(広島地方裁判所昭和48年3月26日)
パン焼炉から小火が起こり一応消化したものの、パン焼炉周辺に散乱する鋸屑への水撒き、残火の確認をしなかったために、付近に堆積してあった鋸屑に引火し火災になった事案(東京地方裁判所42年8月2日判決)
業務用トースターを使用後電源を切らず、帰宅したため、上方の棚板に着火し火災となった事案■東京地裁令和元年6月13日判決
宗教法人が神宮から譲与を受けた鳥居材を当該被告が預かり保管中、その作業所において発生した火災により上記鳥居材が焼損した事案につき、元代表者は、作業所内には多数の木材が保管されており、同所に設置された焼却炉内の火が消火されずに残っていれば、そこから火の粉が飛ぶなどして周囲の木材に燃え移り、火災が発生する危険のあることを容易に予見することができたにもかかわらず、焼却炉内の火を確実に消火せずに帰宅したことによって、焼却炉を火元とする本件火災を発生させたことが認められ、元代表者には、失火責任法上の重過失があったものと認められると判示しています。
■東京地裁平成29年9月4日判決
焼肉店における無煙ロースターによる火災につき、「被告は、火力を扱う事業者として、火災等の事故を発生させないよう、メーカーの定めるロースターの使用方法を遵守して火災等の事故を発生させないようにする注意義務を負っていた」としたうえ、排気に含まれる油脂分を吸着しダクト内に油脂分が入り込むことを防ぐ機能を持つオイルキャッチャーを使用せず、当該機能を有しない金属たわしで代替し、また、高温の排気がダクトに入り込むことを防止しダクト火災のリスクを軽減させる機能をもつファイヤーダンパーを設置せず、さらに、被告が防火ダンパーやダクト内について、十分な清掃をしていなかったこと等を指摘して、「被告は、重要かつ基本的な注意義務を怠り、本件火災を惹起させたというべきであるから、重過失があるというのを免れない」と判示しています。
■東京地裁平成27年1月15日判決
家族で営む鋳物製造工場からの出火により被害を受けた近隣住民らが損害賠償請求した事案につき、同判決は、被告らが作業を終えてから、放置した高温の鋳型の周辺について段ボール等が存在していたにもかかわらず、居室で休み、高温の鋳型について特段の監視を行っていなかったと認定し、適切な監視を行っていたならば、段ボールが鋳型に接触して本件火災が発生したとしても、出火直後に段ボールを撤去したり、消火の措置を講じたりするなどすることができたものというべきであると判示しています。
そして、被告らにおいてわずかの注意さえすれば、たやすく火災の結果を予見することができたというべきであるのに、漫然と段ボール箱が近くにあるのに高温の鋳型を放置して、その監視をしなかったものというべきであるから、被告らの注意義務違反の程度は重大であるとして、損害賠償請求を認めています。
■東京地裁平成26年4月25日判決
工場内のH鋼をアセチレンガス切断機で溶断する作業をしていたところ、切断機の炎が断熱材に燃え移り火災が発生し倉庫等が延焼により焼失した事案において、同判決は、作業員には、ウレタン等の可燃性の断熱材が付着したH鋼をアセチレン切断機で切断するに当たって、断熱材を十分に除去することなく溶断作業をした注意義務違反があり、断熱材が残存しているか否かは目視等により容易に確認できたし、また、目視できない箇所に断熱材が残存している可能性も容易に認識しえたのに確認を怠っており、また、普段ガス溶断作業していた者らを待てない事情も認められず作業員はガス溶断作業をすべきでなかったとして、重大な過失があったとして、損害賠償請求を認めています。
■東京地裁平成18年11月17日判決
アセチレンガスによる切断作業の業者が周囲に可燃物がないかの確認を怠り火災を発生させたケースにつき、当該作業が爆発又は火災の発生する危険性の高い行為であるため、業者は十分な注意義務を負っていたとし、ガスバーナーの炎が当たるおそれのある板壁の部分に鉄板を差し込むという防火措置を講じていたものの、その防火措置が不十分であるとして、当該作業に業として従事していたものであることをも勘案して、重過失を認めています。
■東京地裁平成8年10月18日判決
ラーメン店舗の火災事故につき、店舗内装工事の請負人には、ガスレンジの設置に当たり、同判決は、条例の設置基準に依拠し、壁との距離の確保等につき十分確認し火災の発生を防止すべき注意義務があるところ、断熱材が使用されていたとは認められないのに、壁との距離を条例の設置基準に違反してガスレンジを設置したことは注意義務に著しく違反する重大な過失があったとして、損害賠償請求を認めています。
■東京地裁平成4年2月17日判決
印刷業者が業務上日常的に使用するガソリンを栓をしないままの瓶に入れて燃焼中の石油ストーブに近接した足元の床上に置いていたため、右瓶が倒れてガソリンがストーブに引火して火災が発生した事案につき、印刷業者は、引火性の強い危険物であるガソリンを日常的に使用していたのであるから、火気を使用するに際してはガソリンの取扱いについて万全の注意を払うべき義務があるにもかかわらず、ガソリンの入った瓶から約七五センチメートルしか離れていないところにストーブを置いてこれを使用し、ストーブが燃焼中であったのに、瓶を、栓をしないままで、ストーブに近い側であってしかも何かの拍子に触れるなどして倒す可能性の高い足元の床に置いていたというのであるから、印刷業者は、通常人の当然用いるべき注意義務を著しく欠いたものというべきであり、その注意義務違反の程度は、失火責任法所定の重過失に該当するものといわなければならないと判示しています。
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2021.04.13
【クーリング・オフ】法人や事業者はできない?
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
中小企業庁のホームページでも、「事業者間の取引に関しては、クーリング・オフは適用されません」と説明されています。それは基本的には正しいですが、正確ではないかもしれません。
■根拠条文
訪問販売などについては、特定商取引法において、クーリング・オフの制度が定められています(9条)。
もっとも、「営業のためにもしくは営業として締結するもの」については、特定商取引法のすべての条項の適用が除外され、クーリング・オフも適用されません(26条1項1号)。
この適用除外の規定があることから、「事業者間の取引に関しては、クーリング・オフは適用されません」と説明されているわけです。
■適用除外の解釈
しかし、同号の趣旨は、契約の目的・内容が営業のためのものである場合に特定商取引法が適用されないという趣旨であって、契約の相手方の属性が事業者や法人である場合を一律に適用除外とするものではありません。
例えば、法人や事業者名で契約を行っていても、購入商品や役務が、事業用というよりも主として個人用・家庭用に使用するためのものであった場合は、原則として特定商取引法が適用され、クーリング・オフもできる場合があるのです。
特に実質的に廃業していたり、事業実態がほとんどない零細事業者の場合には、特定商取引法が適用される可能性が高いです。
令和2年3月31日付通達でも、以上のように説明されています。
「営業のためにもしくは営業として締結するもの」にあたるか否かは、形式的に、契約書上の当事者が誰かではなく、実質的に事業者の営業の目的との関連、契約の目的・内容・用途、使用形態、支払が営業経費か個人の家計からか、反復継続した取引か、事業者の事業規模などにより判断されるべきものです。
■クーリング・オフを認めた裁判例
法人や事業者が契約当事者の場合にも、クーリング・オフを認めた裁判例として、以下のものがあります。
【大阪高裁平成15年7月30日判決】
消火器の訪問販売業者が、自動車販売会社に対し、消火器38本を販売した事案につき、原告会社は、自動車の販売等を業とする会社であって、消火器を営業の対象とする会社ではないから、当該契約は「営業のためにもしくは営業として締結するもの」ということはできないとして、クーリング・オフを認めています。
【名古屋高裁平成19年11月19日判決】
個人で印刷画工を営む者が、通信機器(事務所用電話主装置・電話機)のリース契約を締結した事案につき、控訴人は、専ら賃金を得る目的で1人で印刷画工を行っていたに過ぎず、その規模は零細であったこと、経営困難との理由で、契約締結の約4か月後に廃業届を提出していること、控訴人の事業規模や事業内容からしても、従前から使い続けていた家庭用電話機が1台あれば十分であったといえること、控訴人は事業といっても印刷画工を専ら1人で、手作業で行うような零細事業に過ぎず、かつ、控訴人自身パソコンを使えないというのであって、リース対象の通信機器は、控訴人が行う印刷画工という仕事との関連性も必要性も極めて低いことからすると、当該リース契約は、控訴人の営業のために若しくは営業として締結されたものであると認めることはできないとして、クーリング・オフを認めています。
【東京地裁平成27年10月27日判決】
家族の住む住宅兼店舗で喫茶店を営む個人が電話機、ファクシミリのリース契約を締結した事案につき、被告は喫茶店を経営しているが、被告と妻のみが従事し、一日の来客は三〇人程度で、店舗を利用しているのは地元の固定客であって、電話番号は電話帳に記載していないこと、営業の手段として当該電話機及びファクシミリの有益性は希薄であり、したがって電話の利用は個人的使用が中心であって、ファクシミリも子どものクラブ活動等の連絡に利用しており、業務のために全く利用していないこと、当該リース契約締結の経緯、被告の営業の規模、内容、リース物件の営業使用の必要性や頻度を考慮すると、当該リース契約の契約書等に屋号を記載していること、リース料が被告の営業経費に通信費として計上されていること、インターネット上の飲食店検索サイトの店舗基本情報や、地元の飲食店マップに建物の電話番号が掲載されていることを考慮しても、当該リース契約は「営業のために若しくは営業として」締結したものとは認められないから、特商法の適用除外には該当しないとして、クーリング・オフを認めています。 -
2021.04.08
【不動産売買】ローン特約に基づく解約が認められない場合
虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。
不動産売買において、買主が売買契約締結後、購入意欲をなくしてしまったが、手付金の放棄や、違約金請求を免れるために、ローン特約を悪用し、意図的に融資を受けられないようにし、売買契約を無条件で解除しようとする場合があります(いわゆる、ローン壊し)。
このように、買主側に不誠実な対応がある場合には、ローン特約による解約が認められない場合があります。
■ローン特約とは
ローン特約とは、不動産売買契約において、買主が金融機関から融資を受けることができない場合に、無条件で売買契約を解除し、売主に支払った手付金の返還を求めることができる旨の特約をいいます。
マンションや住宅の買主は、金融機関から融資(住宅ローン)を受けて売買代金を支払うことが多いですが、買主に落ち度はないのに、審査が通らず、融資を受けることができなかった場合にまで、手付金を放棄したり、損害賠償を負わなければいけないのは、買主に酷であることから設けられている特約です(東京地裁平成16年8月12日判決等)。
■ローン特約による解約の効力が争われる場合
このように、融資を受けることができなかった場合、ローン特約に基づき、買主は、無条件で売買契約を解除できるのですが、次のような場合には、売主からローン特約による解約の効力を争われ、違約金を請求される場合があります。
① 買主が融資成立への努力義務を怠った場合
② 買主の責めに帰すべき事由によって融資が成立しなかった場合
③ ローン解約できる期限を過ぎた場合■買主の努力義務
買主は売買契約締結後、融資成立に向けて誠実に努力すべき、信義則上の義務を負い、これを怠った場合には、ローン特約に基づく解除をすることができません。
買主の努力義務としては、次のようなことが挙げられます。
・速やかに所定の融資申込書及び必要書類を提出すること
・融資審査手続において、金融機関からの照会があれば、誠実に対応すること(適切に応答し、事実に反する説明をしない)
・金融機関から、合理的な増担保の要求があれば、これに応じること■ローン特約による解約を認めなかった裁判例
(東京地裁平成10年5月28日判決)
同判決は、以下の事情により、ローンが実行されなかったことから、ローン解約を認めず、買主からの手付金返還請求を否定しました。
・共同買主XとA(妹)のうち、Aが共同買主という立場にあったにもかかわらず、連帯保証人になることを拒み、さらには共同買主となることまで難色を示したこと
・同時期に、Xが当初申告しないでいた高血圧症を自主的に申告したことによって、団体信用生命保険の審査が最終的に否決されていること
(東京地裁平成26年4月18日判決)
同判決は、一般にローン特約が売買契約に付される場合、売買契約の締結に先立ち買主側で金融機関に事前相談を行い、融資の見通しを示された上で売買契約を締結し、この見通しに沿って融資の申込み(本申込み)を行うことが予定されていることからすると、ローン特約が適用される融資の申込みとは、金融機関から示された見通しに沿った内容での申込みであるところ、買主らは、示された融資条件に沿った融資の申込みをしたということはできないとして、ローン特約に基づく解除を認めませんでした。