虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

 

土地の売買契約を締結したにもかかわらず、売主が土地の引渡や所有権移転登記手続をしないため、買主が、売主に対し、これら債務の履行を求める訴訟提起・追行や、保全命令、強制執行の申立てを弁護士に依頼した場合、これらにかかった弁護士報酬(弁護士費用)を損害賠償請求することはできるでしょうか。

 

最高裁令和3年1月22日判決は、このような場合に、弁護士報酬について、債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないとして否定しました。

 

弁護士報酬

 

 

■ 事案の概要


 

 

当該判決の事案は以下のようなものです。

 

買主は、売主である株式会社との間で、売主の所有する土地を9200万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、売主に対して手付として500万円を支払いました。残代金全額の支払時に土地の所有権が買主に移転するものとされ、売主は、土地につき、自らの費用で、地上建物を収去し、担保権等を消滅させ、境界を指示して測量した上で、残代金の支払と引換えに引き渡すものとされました。

 

しかし、その後間も無く、残代金の支払期限前に、売主は営業を停止し、その代表者が行方不明となったため、買主は、弁護士に依頼して、処分禁止の仮処分の申立、所有権移転登記手続及び地上建物を収去して明け渡すことをを求める訴訟を提起し、上記判決に基づいて強制執行を申し立てるなどしました。

 

 

■ 否定した理由


 

 

最高裁は、以下の3つの理由から、訴訟提起等にかかる弁護士報酬を損害賠償請求することはできないと判示しました。

 

① 契約当事者の一方が他方に対して契約上の債務の履行を求めることは、不法行為に基づく損害賠償を請求するなどの場合とは異なり、侵害された権利利益の回復を求めるものではなく、契約の目的を実現して履行による利益を得ようとするものである。

 

② 契約を締結しようとする者は、任意の履行がされない場合があることを考慮して、契約の内容を検討したり、契約を締結するかどうかを決定したりすることができる。

 

③ 土地の売買契約において売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務は、同契約から一義的に確定するものであって、上記債務の履行を求める請求権は、上記契約の成立という客観的な事実によって基礎付けられるものである。

 

そうすると、土地の売買契約の買主は、上記債務の履行を求めるための訴訟の提起・追行又は保全命令若しくは強制執行の申立てに関する事務を弁護士に委任した場合であっても、売主に対し、これらの事務に係る弁護士報酬を債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないというべきである。

 

なお、当該事案では、弁護士が、買主の代理人として、土地の測量等を土地家屋調査士に依頼し、その費用を支払ったりしていますが、最高裁は、このような事務は、買主が自ら土地を確保し、利用するためのものにすぎないから、同事務に係る弁護士報酬についても、買主が売主に対して債務不履行に基づく損害賠償債権を有するということはできないと判示しています。

 

 

■ 考察


 

 

裁判実務上、交通事故など不法行為に基づく損害賠償請求の場合には、それにかかった弁護士報酬として、認容額の1割程度(実際に支払った金額ではありません)の損害賠償請求が認められています。

 

しかし、本件事案では、弁護士報酬の損害賠償請求が否定されました。その違いはどこにあるのでしょうか。

 

法定構成・根拠の違い、すなわち、不法行為に基づく損害賠償請求の場合には認められるが、契約の債務不履行に基づく損害賠償請求の場合には認められない、と結論づけるのは短絡的で、間違っていると思います。

 

契約の債務不履行に基づく損害賠償請求の場合でも、たとえば安全配慮義務違反を理由とする場合には、①の理由との関係でいえば、侵害された権利利益の回復を求めるものと言えますし、実際に、裁判例で、弁護士報酬の損害賠償請求を認めたものは多数存在します。

 

 

私は、③の理由が大きく、基本的に、損害賠償請求権が成立するか否かや、成立するとして、損害額をどのように算定するかについて、弁護士による専門的な判断を必要とする場合には、弁護士報酬の損害賠償請求が認められるが、契約内容から、債務の履行請求権が一義的に確定し、明確に導かれる場合には、弁護士報酬の損害賠償請求は認められないのではないかと思います。

 

後者の場合にも、弁護士に依頼して、訴訟等を遂行することが多くありますが、日本ではまだ弁護士報酬について敗訴者が負担する制度が導入されておりませんし、そのような程度では、弁護士報酬について損害賠償請求することはできないということです。

 

実際、売買代金請求訴訟や、貸金返還請求訴訟などでは、それに加えて弁護士報酬を請求することは認められていませんが、本件の土地の引渡や所有権移転登記請求訴訟も、これらと同様ということです。

 

 

また、②の理由、予測できない事件・事故により損害を被る不法行為の場合とは異なり、契約においては、締結前に、相手方の資力や信用を調査したり、契約が履行されない場合に備えて、契約内容を検討・交渉の上、合意したり、場合によっては契約を締結しないことにより、リスクヘッジすることができるという観点も示唆にとみます。

 

 

■ 本判例の意義


 

 

当該事案の原審では、弁護士報酬の損害賠償請求も認められていましたが、最高裁はこれを破棄自判しました。このように、弁護士報酬の損害賠償請求が認められるか否かについては、実務家でも悩み、判断が分かれるケースがありますが、最高裁が示した理由などから、これが認められる場合と認められない場合とがより明確になったといえます。