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    2021.02.18

    【マンショントラブル】騒音の立証方法

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    当事務所では、マンションにおける騒音問題についてご相談やご依頼を受けることが多々ありますが、問題の解決に役立てていただくため、今回は、騒音の立証方法についてご説明させていただきます。

     

    なお、騒音の差止や損害賠償請求を認めた裁判例については、以下をご参照ください。

     

    マンションの階上からの騒音防止及び損害賠償請求

     

    騒音うるさい

     

    ■ 被害者が立証すべきこと


     

     

    騒音の被害者は、裁判において、次の点を立証する必要があります。

     

    ① 騒音が客観的に存在すること(騒音の存在)

    ② その騒音が、上階や隣室等の居住者やその同居者の行動が原因であること(騒音の原因)

     

    まずは通知書を発送したり、交渉をしたりする場合でも、相手方に拒否された場合に備え、訴訟提起を視野に入れて、調査や証拠の保全をしておく必要があります。アクションを起こした後では、相手方が警戒をし、十分な証拠の収集をすることができないおそれがあります。

     

     

    ■ 被害者が立証に成功した裁判例


     

     

    東京地裁平成24年3月15日判決の事案では、被害者が専門業者に委託して、約64万円の費用をかけ、約1ヶ月間にわたり、リビングルームの中央で高さ1.2mの位置を測定点として騒音計マイクロホンを設置し、階上からの音を聴感で関知した際に、騒音計とこれに接続したレベルレコーダーを稼働させて、騒音を測定しました。これは重量衝撃音(子供の体重に近い重量物を高さ1m程度から落下させた時の床衝撃で発生する音)や、軽量衝撃音(椅子の引きずり音やスプーン等の比較的軽量固形物が落下した時の衝撃音)、上階の居室から下階の居室へ伝搬する歩行音の周波数特性等を分析できるものでした。

     

    また、東京地裁平成19年10月3日判決の事案では、被害者が、騒音計のリースを受けるなどし、騒音計をリビングダイニングのほぼ中心から廊下寄りの位置で、天井から約70㎝~1mの位置に設置し、C特性で測定しました(なお、耳の感度に近似するのは、A特性であり、測定された床衝撃系騒音についてC特性をA特性に補正しています)。

     

    さらに、東京地裁平成26年3月25日判決の事案はロックミュージシャンの歌声により騒音被害を受けたという特殊な事案ですが、被害者から委託を受けた専門業者が、1時間、JIS Z 8731:1999「環境騒音の表示・測定方法」に概ね則った方法で、被害者の洋室、リビングダイニング及び玄関ホールにおいて、暗騒音と相手方が歌った時の騒音レベルを測定しました。

     

    これら裁判例では、いずれも相手方からの騒音の発生が認められ、損害賠償請求が認められています。

     

     

    ■ 被害者が立証に失敗した裁判例


     

     

    これに対し、東京地裁平成9年4月17日判決の事案では、被害者が、階上からの騒音の発生状況を「騒音日誌」に記録したほか、これだけでは不十分と考え、連日5、6時間にわたり自宅において上方から生ずる音の録音を続け、より正確な騒音を録取するために、集音マイクを自宅の天井に接して録音した上、音響研究所に依頼し、天井付近でマイクを使用して録音した音を、実験で再現した音と対比、検討した結果、録音されていた音は、自宅で録音したものと推定できる旨の鑑定書を提出するなどしました。

     

    しかし、当該判決は、客観的なデータを提供する騒音測定を行うに当たっては、計測用の器機を準備することに加え、音響工学に関する専門的知識及び技術も必要となるところ、被害者がこれまでに独自に行ったという騒音測定の結果は、いかなる機種をいかなる特性の下で使用し、いかなる方法によっていかなる音を採取したものであるか等が明らかにされていないことや、被害者が提出した調査結果も、録音されている音が、相手方宅でゴルフ練習機を作動させたことによって発生した音であると断定するものではなく、あくまでもその可能性があることを述べるに止っていることなどを理由に、騒音の発生を認めませんでした。

     

     

    ■ まとめ


     

     

    以上の裁判例からすると、単に騒音の状況を記録した日誌や、騒音の録音だけでは立証としては不十分であり、騒音計による測定が必要不可欠であるといえます。

     

    しかも、被害者宅の暗騒音の影響を排除したり、相手方宅からの重量衝撃音を分析できたりすることを考えると、騒音測定の専門業者に委託して測定するのが望ましいでしょう。

     

  • qa

    2021.02.15

    【借地契約の更新拒絶】賃料が低額だと正当事由が認められるか?

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    借地契約の期間満了時における更新拒絶や、賃借権譲渡許可の申立手続(借地非訟)において、地主側から、過去に支払われていた地代が低額(低廉)であったから、更新拒絶における正当事由が認められるとか、譲渡許可の申立は棄却されるべきであると主張されることが多々あります。

     

    しかし、地代が低額である点については、本来、賃料増額請求により、対応すべきであって、これをもって正当事由があるとはいえません(東京地裁平成27年9月7日判決)。

     

    これに対し、東京地裁昭和55年4月22日判決は、地主は、当該土地を取得した当初から将来当該土地を借地人から明渡して貰うことを考え、当該土地の賃貸借による経済的利益を全く考えておらず、そのためこの間の大きな社会的、経済的変動にもかかわらず賃料増額の請求を全くせずに今日に至ったことなどの事情が存在することなどをもって、相当な立退料の提供を条件に、正当事由が具備する旨判示していますが、あくまで、相当な立退料の提供を条件に、事情の1つとして判示しているに過ぎないことに注意が必要です。

  • qa

    2021.02.04

    【通行権】土地を購入したが、私道の所有者が通行を認めてくれない場合、どうしたらよいか?

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    私は、複数の不動産業者の顧問弁護士をしておりますが、先日、担当者から、このような質問を受けました。

     

    従前の売主の時には、通行が認められていたが、新たな買主に対しては、近隣住民である私道の所有者が通行を承諾してくれないというようなことが時々起こります。

     

    このような場合、私道の所有者の同意が得られなくても、通行が認められるか否かは、従前、どのような根拠によって、通行が認められていたか否かによって異なります。

     

    通行権

     

     

    ① 位置指定道路やみなし道路の場合


     

    当該通路が建築基準法上の道路に該当する場合、すなわち、位置指定道路(同法42条1項5号)やみなし道路(2項道路。同条2項)に該当する場合は、道路としての機能を期待されているため、買主に限らず一般人も当該通路を事由に通行することができ、当該通路の所有者はこれを妨げることはできません。

     

    例えば、最高裁平成9年12月18日判決は、大規模な分譲住宅団地において開設された幅員4メートルの位置指定道路が、約30年以上にわたり、近隣住民等の徒歩及び自動車による通行に使用されていたところ、団地住民が通行契約の締結に応じない車両等の通行を禁止する目的で簡易ゲート等を設置した事案につき、

    「道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、右道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるときは、敷地所有者が右通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して右妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有するものというべきである。」と判示し、通行を認めています。

     

    位置指定道路か否かは、所在地を管轄する役所の建築課窓口において、「道路位置指定図」を閲覧することで確認することができます。その写しを「指定道路調書証明書」として交付してもらえる場合もあります。

    また、みなし道路か否かは、役所の道路課等において、「建築基準法上の道路台帳」を閲覧することによって、確認することができます。

     

    ② 囲繞地(袋地)通行権が認められる場合


     

    購入した土地が袋地の場合には、公道に出るため、囲んでいる他の土地(囲繞地)を通行することができます(民法第210条)。ただし、通行できる場所及び方法は、通行権者のために必要で、囲繞地のために損害がもっとも少ないものを選ばなければなりません(同法第211条)。

    また、購入した土地が従前袋地ではなかったが、分割されて袋地となった時は分割者の土地のみを通行することができます(同法第213条)。

    なお、囲繞地通行権は、平成16年の民法改正により、「公道に至るための他の土地の通行権」に改称されました。

     

    ③ 通行地役権が設定されている場合


     

    売買された土地の便益のために、当該通路を通行目的のために利用する内容の地役権が設定されている場合は、物権ですので、買主に地役権が移転し、改めて通路所有者の同意を得なくても、通行することができます。

     

    また、地役権は登記することができ、登記されていれば、通路の所有者が替わったとしても、新たな所有者に対しても、地役権を主張することができます。

     

     

    ④ 従前の売主と通路所有者との間で通路の利用契約が締結されていた場合


     

    私道を通行する者と私道の所有者との間で、通路の利用契約が締結されている場合があります。通行の対価を伴う場合には、賃貸借契約ないしこれに類似した契約、無償の場合には、使用貸借ないしこれに類似した契約と考えられます。

     

    いずれにせよ、このような利用契約は債権契約であり、契約当事者間のみにおいて法的拘束力を有するものであって、土地が売買されても、買主には承継されず、買主はこの利用契約に基づく権利を主張することができません。このような場合には、私道所有者の同意を得る必要があります。

     

     

     

     

  • qa

    2021.01.27

    【借地非訟】建物の朽廃とは?

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    借地権譲渡許可の申し立てをすると、地主側から、借地上の建物は朽廃(きゅうはい)しており、借地権は消滅しているから、申立は棄却されるべきである旨の主張がなされることがあります。これは、借地法第2条1項但書(第5条1項後段で準用)に基づく主張です。

     

     

    ●建物の朽廃とは


     

     

    朽廃とは、時の経過によって自然に建物の効用が失われた場合をいいます。

     

    法律上、朽廃と滅失とは異なる概念であり、滅失は、建物が物理的に消滅する場合であり、借地法上、朽廃の場合には借地権は消滅しますが、それ以外の理由により建物が滅失した場合には借地権は消滅しません(再築可能)。

     

     

    ●朽廃の判断基準


     

     

    建物が朽廃したと言えるためには、「自然的に達したことが必要であって、火災、風水害や地震により一挙に建物としての効用を失うに至ったり、取壊しのように人為的に建物の効用を失われた場合は『朽廃』には当たらない」と判示されています(東京地裁平成24年11月28日)。

     

    また、朽廃に至ったかどうかは、「建物を全体的に観察し、特に柱、梁、桁、基礎、土台等の構造部分に腐朽損傷があるかどうか等を中心に、建物保全のための通常の修繕によっては存続が不可能になっていないかどうかを検討して判断」します(東京地裁平成14年8月29日判決)。

     

     

    ●朽廃が認められる事例


     

     

    建物が使用できる状態であれば、朽廃には至らないとされ、朽廃が認められるケースは多くありません。

     

    裁判例上、朽廃が認められる場合は、次のような場合です。

    ・かろうじて倒壊を免れている状況で、いつ倒壊するかわからない危険な状態となっている。

    ・基礎等建物の構造部分にほぼ全面的な補修をしなければならず、新築同様の費用が必要となる状態である。

    ・建築後60年が経過し、10年間雨漏りが放置され主要構造部分に相当程度の腐食が認められる居住できるような状態ではない。

     

     

    ●朽廃を否定した判例


     

     

    これに対し、最高裁昭和42年7月18日判決は、築26年経過した建物について、「部分的にみるときは、その骨格部分ともいうべき土台、柱脚部及び外廻り壁下地板、屋根裏下地板等に相当甚しい損耗があり、また、屋根瓦にも同程度の損耗があり、内部造作材も老化しているが、同時に、また一個の構成物である建物全体としてみるときは、自力によって屋根を支え独立して地上に存在し、その内部への人の出入りに危険を感ぜしめることはなく、局部的応急修理の上維持保全の処置を講じるならば建物としての耐久力は安定且つ平衡性を維持し場合によっては増大される状態にあつて、いまだ建物としての社会的経済的効用を失う程度に至つていない、というのであるから、本件建物は借地法にいう朽廃の程度には達していないものと解すべき」と判示しています。

     

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    2021.01.22

    【損害賠償】民法改正による法定利率変更の影響

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    令和2年4月1日に施行された改正民法により、法定利率について、それまで年5%で固定されていたものが、変動性に改正されましたが、これにより損害賠償実務にも大きな影響があります。そこで、今回は、その影響について解説させていただきます。

     

    年利

     

     

    ●法定利率変更のポイント


     

     

    今回の民法改正による法定利率の変更点は次の通りです。

     

    ・当初の法定利率は3%とする(改正民法第404条2項)。

    ・法定利率は、その後3年ごとに見直す(同3項)。

    ・各期の法定利率は、過去5年の毎月の短期貸付平均利率の平均として法務大臣が公示した割合を「基準割合」とし、直近変動期の基準割合との差が1%を超えたときに、その差の1%未満を切り捨てて、整数の単位で法定利率に反映する(同4、5項)。すなわち、4%とか、2%という利率になり、4.5%とか、2.35%といった利率にはなりません。

     

    なお、年6%とされていた商事法定利率(商法514条)は、今回の改正により削除され、商行為にも、民法の法定利率が適用されるようになりました。

     

     

    ●いつの時点の法定利率が適用されるか?


     

     

    法定利率は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって、定められます(同第419条本文)。

     

    不法行為に基づく損害賠償は、不法行為時から、遅滞の責を負いますので、その時点の法定利率が適用されることになります。

     

    いったん法定利率が決まれば、その後、法定利率が変更されても、影響を受けることはありません。例えば、不法行為時の法定利率が3%であった場合、その後、1%に変更されていたとしても、請求できる遅延損害金は年3%のままです。

     

     

    ●経過措置


     

     

    改正民法による法定利率は、令和2年4月1日以降に生じた損害賠償請求権に適用されます。

     

    これに対し、令和2年3月31日以前に生じた損害賠償請求権の遅延損害金は年5%のままとなります。

     

    そのため、訴状記載のよって書きの記載は次の通りとなります。

     

    (令和2年4月1日以降に生じた損害賠償請求の場合、当面の間)

    「金○円及びこれに対する令和○年○月○日から支払済まで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。」

     

    (令和2年3月31日以前に生じた損害賠償請求の場合)

    「金○円及びこれに対する令和○年○月○日から支払済まで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

     

     

    ●中間利息控除


     

     

    損害賠償実務上、後遺症に基づく逸失利益の請求については、本来であれば将来得られるはずの収入を一時金で先に支払う場合に、中間利息控除が行われています。

     

    従前(令和2年3月31日以前に)生じた損害賠償請求において、後遺障害逸失利益を算定する場合、労働能力喪失期間に対応する年5%の利率によるライプニッツ係数を乗ずる方法によって算定されていました。

     

    これに対し、令和2年4月1日以降に生じた損害賠償の場合、その請求権が生じた時点における法定利率によって中間利息が控除されることになりました(同第417条の2第1項)。

     

    すなわち、不法行為時(事件・事故時)の法定利率が3%であった場合には、その後、後遺障害の症状固定時の法定利率が2%になっていたとしても、不法行為時の法定利率である年3%で中間利息が控除されることになります。

     

    但し、中間利息控除の計算期間(労働能力喪失期間)の始期については、従前の運用通り、症状固定時となります。

     

     

     

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    2021.01.08

    周辺住民らによる開発工事の差止請求を棄却した事例

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    今回は、周辺住民らによる、開発工事の差止請求等を棄却した裁判例(神戸地裁尼崎支部令和元年12月17日判決)をご紹介させていただきます。

     

    開発工事

     

     

    ●事案の概要


     

     

    本件は、兵庫県西宮市内にある高塚山と呼ばれる小高い丘にある土地の所有者が事業主、建設会社が工事施行者となって、宅地分譲のための開発を行っていることについて、周辺住民らが、人格権から導かれる「まちづくり権」などを侵害されたと主張して、開発工事の差止や、損害賠償を請求した事案です。

     

     

    ●「まちづくり権」


     

     

    周辺住民(原告)らは、「まちづくり権」について、「より暮らしやすい、自らの幸福を追求しうる生活環境を自ら決定する権利、自らの住む地域のあり方を自らが決定する権利」であると定義した上で、これは人格権が具体化したものであり、法的権利として認められるなどと主張しました。

     

    この点について、本判決は、「まちづくり権」について、法的権利性を有し、工事差止等が認められるためには、

     

    ①権利として客観的に認知されていること、

    ②その内容や効力が及ぶ範囲、発生の根拠、権利主体などについて、一義的な判断を下すことができる程度の明確な実態をすること

     

    が必要であるとした上で、原告らが主張する「まちづくり権」は、

     

    ①土地所有権等を制約するものとして客観的に認知されているということはできないし、

    ②どの範囲の住民が、どのような相手方に対して、差止等の権利行使を行うことができるのかといった具体的内容も全く不明である

     

    などと判示して、その法的権利性を否定しました。

     

     

    ●都市計画法や条例違反の主張


     

     

    また、原告らは、当該開発許可手続において、原告ら住民に対する十分な住民参加手続が履践されなかった結果、当該開発工事は、都市計画法や条例に違反するものになったと主張しました。

     

    この点について、本判決は、都市計画法や条例によるまちづくりに対する住民関与の手続きは、主として市等の地方公共団体の責務とされているものであって、

     

    都市計画法上の開発許可を受けた者は、当該開発許可に重大かつ明白な違法が存し、無効であるような場合の他は、取消訴訟によって取り消されない限り、開発工事を実施することは行政法上適法であることからしても、

     

    事業主ないし施工業者との関係で、住民らがまちづくりに自らが参加し、自らの住む地域のあり方を自らが決定する利益が、法的利益として認められるとまでいうことはできないと判示しました。

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    2020.09.02

    【不動産賃貸】仲介業者の物的状態に関する調査・説明義務

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    私は、複数の不動産会社の顧問弁護士をしており、日々、様々な不動産に関する法律相談を受けることがあります。最近、顧問先から、賃貸仲介をした建物に設備上の不備があった場合に、入居した賃借人から損害賠償責任を負うおそれがないかという相談を受けましたので、今回は、賃貸仲介業者の物的状態に関する調査・説明義務についてご説明をさせていただきます。

     

    ちなみに、賃貸仲介業者が、説明義務を負う相手方は、賃借人になろうとしている者であり、賃貸人になろうとしている者ではありません。

     

    重要事項説明

     

     

    ■重要事項説明の対象事項


     

     

     

    宅建業法35条1項(政省令を含む)には、物的状態については、少なくとも、次に掲げる事項について、説明することが求められています。

     

    ・飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設の整備の状況

    ・既存住宅の場合には、建物状況調査を実施しているかどうか、実施している場合にはその結果の概要

     

    建物状況調査(いわゆるインスペクション)とは、一定の専門的な知識を有する者(既存住宅状況調査技術者)が、建物の基礎・外壁等に生じている劣化現象や不具合事象(割れ、雨漏り等)の状況を目視・計測等により調査するものです。

     

    「既存住宅」とは、①人の居住の用に供した住宅、②建設工事の完了の日から1年を経過した住宅、のいずれかに該当するものです。店舗や事務所は対象にはなりません。

     

    また、宅建業者は、専門家として高度な注意義務を負っていることから、列記事項以外でも、これに準じるものは説明すべきと考えられています。

     

     

    ■裁判例


     

     

     

    (東京地裁平成28年3月10日判決)

    当該判決は、「不動産の賃貸借契約を仲介する宅建業者としては、当該契約の目的不動産について、賃借人となろうとする者の使用目的を知り、かつ、当該不動産がその使用目的では使用できないこと又は使用するに当たり法律上・事実上の障害があることを容易に知り得るときは、それが重要事項説明書の記載事項(宅建業法35条1項各号)に該当するかどうかにかかわらず、賃借人となろうとする者に対してその旨を告知説明すべき義務がある」と判示しています。

     

    上記判決は、原告が、介護施設として利用する目的で被告Yから賃借した建物に検査済証がなく、建築基準法上の用途変更確認申請ができないために、予定していた介護施設を開設できなかったとして、被告(賃貸人)側の仲介業者である被告Y1に対しては説明義務違反(不法行為)に基づき、原告から委託を受けていた仲介業者である被告Y3に対しては委託契約上の調査義務違反(債務不履行)に基づき、損害賠償請求をした事案です。

     

    そして、上記判決は、被告Y3には、原告・Y3仲介契約に係る信義則上の義務として、Bから当該建物には検査済証がないことを聞いた段階で、必要な調査をした上で速やかに事情を原告に告知説明する義務が発生しており、それを怠ったことにより原告に生じた損害について、債務不履行に基づく賠償責任を免れないというべきであると判示しました。

     

     

    (東京地裁平成21年6月22日判決)

    また、当該判決は、「宅地建物取引主任者は、不動産取引等の仲介等を依頼する者に対して、不動産取引等に際して社会的に当然に想定される一般的なリスクや不利益を回避するため、一定の依頼の範囲内で対象物件の客観的状況や権利制限の有無等を調査したり、調査結果に基づいて説明をするべき義務を負っているものというべきである。」と判示しています。

     

    もっとも、その程度については、「借主側から仲介を依頼された場合であって、仮に、仲介対象物件の床面積が物件概要書等に記載されている広さよりも狭いことが明らかな場合などには、その事実を依頼者に指摘し、その指示や判断を待つなどすることが必要になるが、そのような特段の事情が認められない場合には、貸主側から提示された物件概要書等の記載を前提として、当然に想定される不利益や問題点等を指摘したり、依頼者から要望があった点に関連する調査や説明等をすれば足りるというべきである。」と判示しています。

     

     

    (神戸地裁平成11年9月20日判決)

    さらに、当該判決は、「仲介業者は建物の構造上の安全性については建築士のような専門的知識を有するものではないから、一般に、仲介業者は、仲介契約上あるいは信義則上も、建物の構造上の安全性については安全性を疑うべき特段の事情の存在しない限り調査する義務まで負担しているものではないと解するのが相当」であると判示して、阪神・淡路大震災の際に、マンションが潰れて倒壊し、死亡・負傷した事故において、賃貸仲介業者の責任を否定しています。

     

     

    ■まとめ


     

     

    以上の裁判例をまとめますと、賃貸仲介業者の、物的状態に関する調査・説明義務の範囲・程度については次のことがいえます。

     

    ・当該不動産がその使用目的では使用できないこと又は使用するに当たり法律上・事実上の障害があることを容易に知り得るときは、告知説明すべき義務がある。

     

    ・社会的に当然に想定される一般的なリスクや不利益を回避するため、一定の依頼の範囲内で対象物件の客観的状況や権利制限の有無等を調査・説明義務を負う。

     

    ・ただし、不備が明らかな場合など特段の事情が認められない場合には、貸主側から提示された物件概要書等の記載を前提として、当然に想定される不利益や問題点等を指摘すれば足りる。

     

    建物の構造上の安全性については安全性を疑うべき特段の事情の存在しない限り調査する義務まで負担しているものではない。

     

     

     

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    2020.08.24

    【損害賠償】マンション管理組合の理事長に対する損害賠償請求

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    今回は、マンションの大規模修繕工事について、総組合員の利益を目的とすることを装いつつ、実は理事長が自己所有住戸を高値転売するといる私的利益を図ったものであったと認定し、理事長に対する善管注意義務違反に基づく損害賠償請求を認めた裁判例(東京高裁令和元年11月20日判決)を紹介させていただきます。

     

    なお、以下も合わせてご参照ください。

    【損害賠償】マンション管理について、理事や管理会社の善管注意義務違反を認められるケース

    【損害賠償】マンション管理について、理事や管理会社の善管注意義務違反が認められないケース

     

    マンション大規模修繕

     

     

    ■ 管理組合と役員との法律関係


     

     

    本件判決は、「一般に、管理組合の役員と管理組合の法律関係については、役員を受任者とし、管理組合を委任者とする委任契約が成立しているものと解され、受任者(理事長その他の役員)は委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う(民法644条)。」と判示しています。

     

    そして、「理事長は、その職務の遂行に当たり、自己の私的な利益を追求してはならない。私的利益を目的として職務を遂行することは、管理組合に対する善管注意義務違反に当たり、これによって管理組合に生じた損害を賠償する責めに任ずる。」

     

    「当該職務の遂行が総会又は理事会の決議に基づくものであったことは、賠償責任を免れる理由にはならない。私的利益を目的とすることを隠し、総組合員の利益を目的とすることを装って総会又は理事会の決議を得たからといって、善管注意義務の違反があることに変わりはないからである。」と判示しています。

     

    善管注意義務違反が認められる典型例は、理事長が管理組合の総会決議等を得ることなく、その権限を逸脱して職務遂行をした場合です。しかし、このような場合だけでなく、形式的に総会決議が存在しても、私的利益を目的とする職務遂行である場合には、管理組合に対する善管注意義務違反に当たるとしています。

     

    ■ 善管注意義務違反〜私的利益を図る目的の認定


     

     

    本件判決は、以下の点を総合すると、大規模修繕工事の実施に関する理事長としての職務遂行は、総組合員の利益を目的とすることを装いつつ、その実は理事長自らの私的利益(将来の総組合員の利益を犠牲にした上での自己所有住戸の高値転売)を図ったものと推認することができ、善管注意義務違反があると判示しています。

     

    ・理事長は自己所有住戸を転売して転居することを考えていた。強い役員就任意欲を示し、理事長に就任するや、強引に大規模修繕工事の実施に一人でのめり込んでいった。マンションの管理会社が時間的、資金的に無理だというのに、理事会決定の趣旨に反して、管理会社への劣化診断等の依頼を怠り、複数社からの相見積もりを取らずに工事業者を選定し、事前に本件住民らへの十分な説明をしなかった。理事長は、総会決議を成立させるために、賛成が多数であるとの説明をしたり、一部の区分所有者に利益誘導したり、虚偽の説明をしたりした。

     

    ・より小規模な工事で足りたのに、強引に大規模修繕工事を推進した。

     

    ・漏水対策の中心は、屋上等であって外壁全般ではないのに、理事長は、理事会や総会で、漏水の原因が「外壁」に特定されたとして、外壁補修が漏水対策(大規模修繕工事)の中心であるかのように説明した。そして、工事の重点を秘かに、漏水対策等のための外壁補修から、美観確保のための外壁補修に移動させていった。

     

    ・大規模修繕工事費用の約3分の2(1000万円)を住宅金融支援機構からの借入れでまかなった。借入金の返済負担は将来の区分所有者の負担となり、また、返済資金を修繕積立金会計で負担するとすれば、将来の区分所有者が修繕積立金会計の資金不足に苦しむことになる。

     

    ・理事長としての職務遂行の方法は、透明性がなく、強引かつ不誠実である。

     

    このように、大規模修繕工事の内容や、工事を実施する必要性、工事実施を承認する理事会決議や総会決議に至る過程、工事を実施した場合における理事長の利害状況等を詳細に認定し、理事長の職務遂行が私的利益を目的とするものであったと判示しました。

     

    ■ 損害額


     

     

    (工事代金)
    本件判決は、大規模修繕工事は、客観的な実施の必要性に乏しいのに、私的利益を図った理事長が、管理組合に対して負う善管注意義務に違反して実施したものであるとして、その工事代金全額について、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うとしています。

     

    ただし、工事代金のうち防水工事費(減額後のもの)は、管理組合がその予備的主張において有用性を肯定していることもあり、その全額を損益相殺の対象としています。

    また、ある程度本格的な防水工事を実施するには、防水工事費のほかに、共通仮設工事や直接仮設工事(足場)の一部が必要であること、大規模修繕工事の実施により将来あるかもしれない修繕工事費用の支出の一部を免れたことを考慮しても、損益相殺として控除できるのは、防水工事費(減額後のもの)の全額のほか、工事代金から防水工事費を控除した金額の半分にとどまり、残額は、理事長が賠償すべきであるとしています。

     

    (マンション管理士への報酬)
    理事長は、大規模修繕工事を実施するに当たり、管理会社と意見が合わなかったことから、独断で、マンション管理士に相談してアドバイスを受け、報酬を支払ったが、これは、理事長が善管注意義務に違反する職務遂行についてアドバイスをもらうための支出であるから、善管注意義務違反と相当因果関係のある損害であるとしています。

     

    (借入金保証料及び返済利息)
    さらに、理事長が善管注意義務に違反して大規模修繕工事を行わなければ、住宅金融支援機構から融資を得る必要もなかったとして、借入金保証料と住宅金融支援機構返済利息の全額は、理事長の善管注意義務違反と相当因果関係にある損害であり、損害賠償責任を負うとしています。

     

     

  • lawyer

    2020.07.14

    100本の薔薇【2020】

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    今年も顧問先から、100本の薔薇が届きました。

     

    100本の薔薇2

     

    その高貴さ、存在感には、圧倒されます。

    今年も気を引き締め、よりよいリーガルサービスを提供できるよう精進して参ります。

     

    なお、隣のオフィスで働くロシア人女性の方が通りかかった際、ささやかながらプレゼントしたため、

    現在は99本になっています。

     

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