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    2024.05.08

    【著作権】写真をウェブページに掲載した行為が「引用」に該当しないとされた裁判例

    虎ノ門桜法律事務所の弁護士伊澤大輔です。

    今回は、他人が著作権を有する商業用写真を自社ウェブページに掲載した行為が「引用」には該当しないとして著作権侵害を認めた東京地裁令和5年5月18日判決をご紹介させていただきます。

    なお、主たる争点である引用の成否のほか、損害額についてのみ説明させていただき、当該裁判例で争点となっていた承諾の有無や、消滅時効の成否、取締役の責任の有無については、割愛させていただきます。

    シンガポールの夜景

     

    ■事案の概要


     

    写真家である原告は、デザインの企画・制作等をしている被告会社が受託した小冊子(本件小冊子)に、原告が著作権を有する写真4点(本件各写真)を掲載することを許可しました。

    被告会社は、本件小冊子の作成後、自社の実績紹介として自社のウェブページに本件各写真を7年以上も漫然と掲載し続けました。

    そこで、原告が、被告会社においてそのウェブページ上に本件各写真を掲載した行為が、著作権に係る公衆送信権を侵害すると主張して、被告会社らに対し、民法709条及び著作権法114条3項に基づき、損害賠償請求しました。

     

    ※自社の実績紹介のためだったとはいえ、著作物を取り扱うデザイン会社が、自社のウェブページに、他人の著作物を掲載した行為は脇が甘かったと思いますが、皆様におかれましては、このようなミスをしないよう注意してください。

     

    ■引用の根拠条文


     

    著作権法32条1項には、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と定められています。

    「引用」に該当する場合、著作権は制限され、著作権侵害には当たらないことになるわけです。

     

    ■引用の判断基準


     

    当該裁判例は、著作権法32条1項を引用し、

    「公正な慣行に合致し、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるかどうかは、社会通念に照らし、他人の著作物を利用する目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の程度などを総合考慮して判断されるべきである。」と判示しています。

    現行著作権法の文言に即して判断すべきであるという総合考慮説を採用したものであり、絵画鑑定証事件判決(知財高裁平成22年10月13日判決)を踏襲したものです。

     

    これに対し、「引用」の成立要件として、明瞭区別性や主従関係性を要することを判断基準とする主従関係説がありますが、これは旧著作権法下における古い判断基準です。

     

    ■引用の成否(あてはめ)


     

    当該裁判例は以下の事実を認定し、

    ・本件各写真は、被告会社に対し、合計460万円で本件小冊子への掲載について利用許諾されたものであり、商業的価値が高いものであるところ、

    ・本件各写真は、本件契約の許諾期間経過後に、ウェブページに掲載されたこと、

    ・ウェブページの右側には、画面の横幅半分以上を占める長方形の枠があり、その上部には横一列で本件各写真を含む写真が小さく表示されているところ、当該各写真のいずれか一つにカーソルを合わせると、その写真が上記長方形の枠内に拡大表示されること、

    ・画面右側の拡大された写真の方が、画面左側の解説文よりも大きく表示されること、

    ・被告会社は、本件各写真のデジタルデータに「透かし」を入れ又は写真家の名前を浮き彫りにするなどの無断複製防止措置をせずに、ウェブページに上記デジタルデータを掲載したところ、本件各写真のデジタルデータは、グーグルの検索サイトの画像欄その他のインターネット上に、原告の名前が付されずに相当広く複製等されるに至ったこと、以上の事実が認められる。

     

    これらの事情の下においては、ウェブページには、商業的価値が高い本件各写真がそれ自体独立して鑑賞の対象となる態様で大きく掲載されており、本件各写真のデジタルデータは、無断複製防止措置がされずインターネット上に相当広く複製等されていることからすると、本件各写真の著作権者である原告に及ぼす影響も重大であることが認められる。

    したがって、ウェブページにおける本件各写真の利用は、上記認定に係る本件各写真の性質、掲載態様、著作権者である原告に及ぼす影響の程度などを総合考慮すれば、公正な慣行に合致せず、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるものと認めることはできない、と判示し、著作権侵害を認めました。

     

    ■損害額


     

    このように商業用写真の著作権侵害が認められた場合の損害額の算定についても参考になりますので、紹介させていただきます。

     

    (原告の請求額)

    原告は、1クール(3ヶ月)ごとの本件各写真の使用許諾料を基準に、無断使用された期間の損害を積み上げ、1億7540万円の損害賠償請求をしました。

     

    (当該裁判例の算定)

    これに対し、当該裁判例は、次のとおり、414万円の損害のみ認めています。

    ・ウェブページにおいて広告として写真等を使用する場合、当該使用料は、使用期間が長期になるに従って1年当たりの料金が逓減し、使用期間が5年ないし10年の場合における1年当たりの使用料は、使用期間が1年の場合の3割程度の金額となるものと認められる(長期間使用の場合の使用料の逓減)。

    ・写真を商業目的で使用する場合と、実績紹介として非商業目的で使用する場合とでは、使用目的、使用態様その他取引の実情に照らし、その使用料は大幅に異なるものと認めるが相当であり、その他の本件に現れた事情も斟酌すると、本件契約の使用料の1割をもって、本件ウェブページの掲載につき支払うべき金銭の額に相当する額というべきである(商業目的か非商業目的かによる使用料の違い)。

     

    本件小冊子に本件各写真を掲載したときの460万円の使用料は本件プロジェクト期間の1クール(3か月)に対するものと認めるのが相当であるから、本件各写真のウェブページの掲載につき原告が受けるべき金額は、1年当たりの商業目的の使用料1840万円(460万円×4)に、掲載期間7.5年を乗じ、更に長期逓減率である3割を乗じた上で、実績紹介としての非商業的目的であることを考慮してその1割を乗じた金額とするのが相当である。

    したがって、損害額は、次の計算式のとおり、414万円になるものと認められる。

    (計算式)1840万円×7.5年×30%×10%=414万円

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    2024.03.27

    フランチャイズ契約における違約金の妥当額

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    フランチャイズ・システムの構築を進めている顧問先から、加盟店がフランチャイズ契約を中途解約した場合などに備え、違約金の定めを設ける予定であるが、法的に問題はないか、いくらくらいが妥当か相談を受けましたので、文献や裁判例をリサーチした結果を踏まえ、ご説明させていただきます。

     

    ■問題の所在


     

    本部(フランチャイザー)が加盟店(フランチャイジー)に対して、違約金を課すこと自体は、直ちに、独占禁止法上問題にはなりませんし、違法とも言えません。

    ただし、違約金が著しく高額で、これにより事実上、加盟店側からの中途解約が制限されるような場合には、優越的地位の濫用に該当し、独禁法上、問題となり、公序良俗に反し、無効となるおそれがあります。

     

    ■違約金規定を有効と判示した裁判例


     

    【東京地裁令和2年2月27日判決】

    歯のホワイトニング、口内のアロママッサージ等のデンタルエステサービスを提供するフランチャイズ・チェーンを運営している本部が、フランチャイズ契約を締結した歯科医師(加盟店)に対し、フランチャイジーによる中途解約を理由とする違約金を請求した事案

    当該フランチャイズ契約において、契約期間は店舗の開店から10年間とされ、解約日から起算して3箇月以上かつ6箇月未満前の文書による予告に基づく中途解約の場合には、固定ロイヤリティ(月額20万円)の2年分の約定解約金の支払が必要と定められていました。

    加盟店が、当該違約金規定は、公序良俗に違反し、無効であると主張したのに対し、

    判決は、
    ・加盟店は、独立した事業者として、自己の判断と責任においてフランチャイズシステムに加入し、本部との関係を継続しながら利潤を追求しようとするものであるところ、加盟店としても、加盟店の地位を取得することによって、自己の経済的利益を確保、増大させるとの利害得失を考慮して、解約金の定めに関する約定の存在も承知した上で、フランチャイズ契約を締結したと考えられること、
    ・違約金条項は、本部からフランチャイズ契約を中途解約する場合の解約金の金額も同額とされており、解約金の金額において、フランチャイザーとフランチャイジーとの間で条件の違いはないこと、
    ・フランチャイズの契約が終了したとされた日から本来の契約期間の満了まで4年程度残存していたこと、
    ・加盟店は、本部から受領した収支計算方法について説明した資料に依拠して、契約期間中、赤字であった旨主張するが、そもそも、契約書では、本部が加盟店の売上や利益を予測しないことが明記され、実際に、フランチャイズ契約の締結に当たって、本部は、加盟店に対して、売上予測等を示していない以上、本部の誤った情報提供により加盟店が損害を被ったとはいえないこと
    などといった事情に鑑みると、解約金が社会的に相当と認められる範囲を超えて著しく高額なものであるとか、一方的にフランチャイジーたる加盟店の利益を害するものとまでいうことはできず、
    違約金規定が公序良俗に反して無効であるということはできない旨判示しています。

     

    【東京地裁平成28年2月23日判決】

    宅配弁当事業のフランチャイズ契約を締結していたところ、加盟店が食材売掛金の未払を起こし、かつ、突然店舗経営を放棄したことを理由に本部が契約を解除した事案。

    フランチャイズ契約には、契約書所定の解除事由により、本部から、契約が解除されたときは、加盟店は損害賠償(残存期間についての逸失利益を含む)として、解除日直近の12ヶ月間(12ヶ月未満のときは経過月)の店舗経営の実績に基づく平均月間営業総売上(1ヶ月未満のときは本部の示す初年度の予想平均月間営業総売上)に基づき算出した本部ロイヤリティー相当額の48ヶ月分を本部に支払うものとする旨の違約金条項が定められていました。

    判決は、加盟店には契約上の解除事由が存在し、本部の解除請求は認められるとし、上記違約金条項に基づき、ロイヤリティーの平均額48ヶ月分の損害賠償請求を認めました。

     

    ■違約金規定を一部制限した裁判例


     

    【東京地裁平成30年6月19日判決】

    エステ事業のフランチャイズ契約において、加盟店が、当該フランチャイズ契約に違反した場合は、本部に対し、違約金として500万円を支払う旨の違約金条項が定められていたところ、本部が、これはフランチャイズ契約に違反する行為ごとに違約金支払義務が発生する旨を定めたものであり、加盟店は、2回に渡り、競業避止義務違反行為をしたから、違約金として1000万円の支払義務を負うと主張したのに対し、

    判決は、次のとおり判示しています。
    ・違約金条項には、違反行為ごとに違約金支払義務が発生するとは明記されていないこと。
    ・フランチャイズ契約書は、その体裁から本部が条項の原案を作成したことが明らかであるところ、違約金の定めは、フランチャイジーである加盟店のみが負担することとされ、フランチャイザーである本部については同様の定めは規定されていないこと。
    ・以上の諸事情によれば、違約金条項を加盟店に不利益に緩やかに解釈することは相当ではなく、違反行為ごとに違約金支払義務が発生するとは明記されておらず、しかも、別に損害賠償請求の余地を残すものである以上、本件違約金条項に基づき、加盟店が違約金の支払義務を負うのは、その文言どおり500万円にとどまると解するのが相当である。

     

    【東京高裁平成8年3月28日判決】

    同判決は、コンビニエンスストアのフランチャイズ契約につき、違約金(損害賠償の予定額)を定めておくことには合理的な理由があることを認めつつ、

    違約金の約定を一律に適用すると、事案の具体的事情に照らし、その損害賠償の予定額が社会的に相当と認められる額を超えて著しく高額となって、損害賠償額の予定の趣旨を逸脱し、著しく不公正であるような場合には、社会的に相当と認められる額を超える部分は公序良俗に反するものとして無効というべきであるとし、

    違約金がロイヤリティの120ヶ月分(契約期間の10年分)と定めれれていることにつき、解除後の契約期間がどの程度残存しているか、本部側において契約期間の残存期間中、フランチャイザーとしての義務を履行し得る状況にあるかということにかかわりなく、常に全契約期間中のロイヤリティに相当する損害賠償を請求し得るということは社会的に相当とはいえないと判示しています。

    この事案の第一審判決(東京地裁平成6年1月12日判決)は、解除原因の内容及び態様、フランチャイザーの被った実損の額、その他の具体的事情に関係なく、違約金に関する約定を一律に適用することは著しく不公正であって、当該事案における適正な賠償予定額は、各店舗毎に30か月分のロイヤリティ相当額をもって相当とし、その余の部分は無効であると解するのが相当であると判示しましたが、控訴審もこれを維持しました。

     

    ■違約金規定を無効と判示した裁判例


     

    【東京高裁平成7年2月27日判決】

    クリーニング店のフランチャイズ契約において、解約に際し加盟店から本部側に500万円の解約一時金を支払わなければならないとの約定について、

    ・加盟店がグループ組織加盟に際し本部と契約した当時は、加盟店は自由になんらの負担なく契約関係を終了することができたこと、
    ・違約金条項を含む会員契約書の作成に当たり、本部から各条項についての説明がなかったこと、
    ・契約当時、加盟店はグループ組織の一員として営業すべく多額の投資を行ったばかりで、契約を拒むことは事実上困難であったこと、
    ・解約一時金の金額が下限のみ500万円と定められ、上限の定めがないこともあって、加盟店からの期間満了による契約関係の終了を著しく困難なものとし、会員契約の継続を相当程度強制する結果となること
    ・従前解約一時金は特段の事情がない限り免除されるのが例であったのに、本部に対しては会員契約上その他の業務に関係した非違とは直接関係のない理由で免除しないこととされたことが明らかであること
    から、加盟店に500万円の解約一時金の支払を強制することは、著しく正義に反し、公序良俗に違反し、無効である旨判示しています。

     

    ■まとめ


     

    以上の裁判例から、次のようなことが言えます。

    ・フランチャイズ契約が中途解約された場合、(平均ないし固定)ロイヤリティの2〜4年分の違約金の定めは有効と解される可能性が高い。

    ・他方、フランチャイズ契約の残期間がどのくらい残っているかに関係なく、ロイヤリティの120ヶ月(10年分)の違約金の定めは無効となる可能性が高い。

    ・解約一時金の下限額のみが定められ、上限の定めがない場合には、定めがあいまいで無効と解される可能性がある。

    ・違約金条項に明記されていなければ、違反行為が複数回あったとしても、違約金を複数回分請求できるわけではない。

    ・違約金の規定が、本部(フランチャイジー)及び加盟店(フランチャイザー)双方に公平・平等に適用される場合には、有効と解される要素となる。

     

    ■募集時の情報提供にも注意


     

    本部が、加盟店を募集するに当たり、フランチャイズ契約を中途解約する場合には実際には高額な違約金を本部に徴収されることについて十分な開示を行わないと、ぎまん的顧客誘引の顧客に誤認させること」(一般指定8項)に該当するおそれがありますので、注意が必要です。

     

    上記の「誤認させること」には、顧客にとってメリットと誤認される事項を積極的に情報提供する行為のみならず、顧客にとってデメリットとなる事項をあえて顧客に情報提供しないという不作為も含まれうるからです。

     

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    2024.03.13

    退職後の競業行為に関する損害賠償の可否

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    顧問先等から、役員や従業員による退職後の競業行為や、従業員や顧客の引き抜き行為に関する相談を受けることが、そこそこあります。

    この点、退職後の競業行為等を禁止する合意書や誓約書、就業規則が存在する場合には、その内容や有効性を判断することになります。

    退職後の従業員に競業避止義務を負わせることは、その者の職業選択の自由を制約することになりますので、公序良俗に反し無効となる場合もありますが、今回はどのような場合に合意が有効で、どのような場合に無効になるかという問題には立ち入りません。

    今回は、このような退職後の競業避止義務等に関する合意がない場合において、判例や裁判例を概観し、どのような行為が違法とされ、損害賠償請求できるかについて説明させていただきます。

    退職

     

    ■不法行為等の成立を認めた裁判例


     

    【東京地裁昭和51年12月22日判決】

    会社の取締役らが在職中から新会社の設立を企図し、突然にしかもいつせいに退職して退職した会社と営業の一部競合する新会社を設立し、従来からの会社の得意先に対し、同社と同一もしくは類似した商品の販売を開始した事案について、次のように判断しています。

    被告らが原告会社と競合する被告会社を設立することは自由であると言っても、その設立については原告会社に必要以上の損害を与えないように、退職の時期を考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、さらには被告会社で取扱う製品の選定やその販売先などにつき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであってて、いたずらに自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない。しかるに前記認定事実からすれば、被告らは原告会社在職中から被告会社の設立を企図し、突然にしかも一斉に同社を退職して同社と営業の一部競合する被告会社を設立し、従来からの原告会社の得意先に対し、同社と同一若しくは類似した商品の販売を開始したというのであるから、同人らのかかる行為は先に述べたことからして著しく信義を欠くものと言わざるを得ず、もはや自由競争として許される範囲を逸脱した違法なものと言わざるを得ない。

     

    【東京地裁平成5年1月28日判決】(チェスコム秘書センター事件)

    原則的には、営業の自由の観点からしても労働(雇傭)契約終了後はこれらの義務を負担するものではないというべきではあるが、すくなくとも、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるものとみるべきである。

     

    【横浜地裁平成20年3月27日判決】(ことぶき事件)

    美容室の総店長として勤務していた者が、退職時に無断で顧客カードを持ち出し、他店で勤務する際に利用していたという事案について、次のように判断しています。

    顧客カードの管理状況について見ると、リプル店において、顧客カードは、リプル店の顧客が自由にこれを見ることができるような状態に置かれてはいなかったものの、単に輸ゴムで束ねられ、カウンターの下の三段ボックスや顧客の荷物置場に保管されていたにすぎず、これに秘密とする旨の格別の表記等もされず、被告が顧客カードを持ち出した当時、これが施錠できる場所に保管されていたわけではなく、また、パソコンに入力されていた顧客情報についても、パスワードの設定がされておらず、従業員が自由に顧客情報にアクセスすることができる状態に置かれていたものと認められるのである。そうすると、顧客カードは、秘密に管理され、情報の漏洩防止のための客観的な管理下に置かれていたとは認め難いから、顧客カードにつき、上記の秘密管理性を認めることはできない。

    顧客カードは「営業秘密」に当たらないから、被告が顧客カードを持ち出した行為を不正競争防止法2条1項4号の「不正競争」と認めることはできないが、その有用性及び非公知性は肯認されるのであって、たとえ従業員であってもこれを原告の承諾なく持ち出して、リプル店の営業活動以外の目的で使用するのは、不法行為に当たるというべきである。

     

     

    ■不法行為等の成立を否定した裁判例


     

    【最高裁平成22年3月25日判決】

    工作機械部品等製造会社を競業避止義務特約の定めなく退職した従業員が、別会社を事業主体として同種の事業を営み、退職した会社の取引先から継続的に仕事を受注した行為につき、退職のあいさつの際などに取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの、取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、退職した会社の営業秘密に係る情報を用いたり、信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではなく、また、退職直後に会社の営業が弱体化した状況を利用したともいい難い等の諸事情を総合し、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえず、不法行為に当たらないとされた事例。

     

    【東京地裁平成20年11月7日判決】(スタートレーディング事件)

    従業員は退職後に使用者に対して競業避止義務を負うものではなく、自由競争を逸脱するような方法で使用者の顧客を奪取したような場合に例外的に不法行為が成立する余地があるにすぎない。

    被告Bは、原告の顧客に対し、退職の挨拶をする際に新たに会社を始めることを告げたところ、求められるままに価格表等を提示してこれによって取引が開始されたことが認められる。そうすると、被告Bは、原告における営業担当者であったことを活用して顧客を獲得したという面があることは否定できない。ただ、その際、原告よりも極端に取引条件を有利にしたとか、原告との取引を止めるよう執拗に勧めたとか、原告について何か虚偽の事実を告げたとか等の事情は認められない。また、これら顧客としても、長年取引のあった原告との取引を中止し、新たな業者と取引を開始することは相応の危険を伴うことであり、顧客が取引に応じたということは、顧客自身の選択でもある。そのように考えると、被告Bないし被告会社の行なった取引が自由競争を逸脱した取引であるとは認められない。

     

    【東京地裁平成20年7月24日判決】

    被告は、原告を退職後、新会社の設立準備中に、偶々、Gからプロジェクトのコンペに参加するよう打診を受け、被告が原告の従業員として稼働していた際に知り得た業務上又は技術上の秘密等を利用することなく、退職後に自ら行った現地調査や周辺環境の調査等を元に、それまで培った知識・経験等を生かして企画書を作成・提出し、顧客のコンペにおいて最も高い評価を得たがために、受注に至ったのであって、これを自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできない。

     

    【大阪地裁平成12年9月22日判決】

    すでに被告会社を退職していた被告石井が,被告会社と競合する新規事業を計画し,その遂行に必要な従業員を確保し契約園を募るなどした結果,被告会社の従業員の一部がこれに応じて被告会社を退職し,被告会社が受託していた幼稚園の一部が被告会社との契約を解消したとしても,そのような被告石井の競業行為やこれに呼応した従業員の行為が当然に被告会社に対する背任行為等として不法行為となるものではない。

     

     

    ■まとめ


     

    以上から、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、元雇用者の顧客を奪取したとみられる場合には、元従業員の行為が違法と判断され、損害賠償を受ける可能性があります。

     

    それでは、具体的にどのような場合に、「社会通念上自由競争の範囲を逸脱する」と評価されるおそれがあるかといいますと、次のような行為が挙げられます。

    ・退職した会社の営業秘密に係る情報を用いて営業活動を行う。

    ・退職した会社について虚偽の事実を告げたり、その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行う。

    ・退職直後に退職した会社の営業が弱体化した状況を利用して営業活動を行う。

    ・顧客に対し、退職した会社よりも極端に取引条件を有利にする。

    ・顧客に対し、退職した会社との取引を止めるよう執拗に勧める。

     

    他方、次のような行為については、自由競争の範囲内と解されます。

    ・退職のあいさつの際などに取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のこと

    ・取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用する程度

    ・退職後に、それまで培った知識・経験等を生かして企画書を作成・提出し、顧客のコンペにおいて評価を得て、受注に至った場合

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    2022.02.15

    【不動産売買】中古建物の設備の瑕疵(契約不適合)

    中古建物売買

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    中古建物の売買において、設備に不具合があった場合に、契約不適合責任(旧民法では瑕疵担保責任)を負うか、あるいは追及できるかという質問を、顧問先である不動産会社などから受けることがありますが、

    中古建物の設備であっても、契約上有すべき、あるいは同様の中古建物の設備として通常備えるべき、品質・性能を有していなければ、それは契約不適合(瑕疵)にあたります。

     

    これに対し、同程度の築年数の中古建物においては通常生じ得る経年劣化による設備の不具合については、契約において特別に保証していない限り、契約不適合(瑕疵)にはあたりません。

     

    なお、中古建物の売買においては、契約不適合責任(瑕疵担保責任)免除条項が定められていることが多く、契約不適合(瑕疵)に該当しても、損害賠償請求等が認められない場合がありますので、注意が必要です。

     

    ■肯定した裁判例


     

    【東京地裁平成26年9月25日判決】

    電気・水道メーターは、検定証印が表示する有効期間をいずれも徒過していたことが認められ、そのようなメーターを使用することは計量法上許されないことから、電気・水道メーターには瑕疵があり、また、メーターがボックスの中などに設置され、一見して分からない場所にあることからすれば、電気・水道メーターの有効期間の徒過は、隠れたる瑕疵に該当するとしつつ、

    ただし、瑕疵担保責任免除条項の適用を認め、結論として、損害賠償請求は否定しています。

     

    【東京地裁平成26年7月16日判決】

    建物が、留学生らのための「ゲストハウス」であって、当初の部屋割に比して多数の人を居住させていることや、売買の前後を通じて賃貸借関係が継続していること、さらには、建物の売買価格の決定要素について何ら主張立証がないことをも併せ考慮すると、売主である被告として、内覧をしても判明し得なかったような「瑕疵」については責任を負うが、外観、内観上の汚れ、カビ、破損等についてまで損害賠償責任を負うものと解することはできないとしつつ、

    〈1〉給湯器の不完全燃焼による給湯停止、〈2〉103号室の漏水、〈3〉屋上部分の防水の欠陥については、その位置や状況、性質等に照らし、内覧によっても直ちに発見、確認することは困難であると推認されるものであって、「ゲストハウス」として留学生らに賃貸使用させている間においても、これを補修する必要があることは明らかであるから、被告において瑕疵担保責任を負うと解するのが相当であると判示しています。

     

    【東京地裁平成26年4月25日判決】

    建物2階のガス配管の欠如、各室給湯器の欠如、水道利用加入金の未払、2階部分水道メーターの欠如について、

    建物の1階は1世帯部屋、2階は独立したワンルーム6部屋となっていたところ、上記各部屋には水道及び給湯蛇口並びに風呂が存在することが認められること、宅地建物取引業者である被告が、売買契約締結に際し、原告に対し、建物に、故障不具合がないガス給湯器が全世帯個別の台所、浴室、洗面所に付帯していること、公営水道及び都市ガスは、直ちに負担金なく利用可能であること、給排水管の故障は発見していないことの説明をしたことに照らすと、上記説明内容は、当事者の特に保有すべきものと定めた性質であり、かつ、これらが建物に備わっていないことは、通常人の普通の注意では発見できないとして、瑕疵担保責任を認めています。

     

    【東京地裁平成25年3月11日判決】

    被告からルーフバルコニー付きの居住用マンションの1室を買い受けた原告が、上階のバルコニーのアルミ手摺の縦格子がルーフバルコニーに落下し、また、落下するおそれがあったため、ルーフバルコニーを使用することができなかったと主張して、被告に対し、売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償をした事案につき、

    ルーフバルコニーに人がいた場合には身体への危険が及ぶものと認められ、また、本件建物の上階のバルコニーのアルミ手摺の部材には他にも一部緩み又はずれがあって落下する危険があったと認められるのであるから、本件建物に付属するルーフバルコニーは、通常備えるべき品質・性能を欠いていたものというべきである。そして、ルーフバルコニーは、マンションの共用部分であって、本件建物そのものではないけれども、規約上、玄関扉、窓ガラス等と同様に、区分所有者がその専用使用権を有することが承認されていることに照らせば、本件建物に付随するものとして、本件売買の目的物に含まれるというべきである。したがって、ルーフバルコニーに瑕疵があったことについて、売主である被告は、原告に対し、売買の目的物に隠れた瑕疵があったものとして、瑕疵担保責任を負うというべきであると判示しています。

     

     

    ■否定した裁判例


     

    【東京地裁平成29年1月12日判決】

    売買契約において予定されていた目的物である建物は、一般的な居宅であるもののその時点でいわゆるシェアハウス仕様に一部改装され、複数人に賃貸されていたものであり、本件建物に瑕疵があるか否かは、シェアハウスとして予定されていたことを前提として、そのような目的物が有すべき通常の品質・性能に照らして瑕疵があるか否かを判断すべきであるということを前提としつつ、

    仮に原告が主張する不具合がサッシ網戸にあったとしても、本件建物を一般的な居宅として使用することができないとはいえないし、築後30年を超える中古住宅である本件建物が有すべき通常の性能を欠いていると評価することもできない。また、本件不動産が現にシェアハウスとして転貸されていたことからも明らかであって、サッシ網戸に不具合があることをもって本件建物に瑕疵があるということはできない。

    また、原告は、テレビが見られない部屋を賃貸することなど考えられないとして、地上デジタルテレビジョン放送の受信装置の不備を本件建物の瑕疵と主張するが、同設備が建物の一部ではないことは明らかであるし、地上アナログテレビジョン放送の放送終了前の売主が、同放送の終了に備えて地上デジタルテレビジョン放送の受信装置を整える義務はないから、地上デジタルテレビジョン放送の受信装置の不備をもって本件建物に瑕疵があるということはできないなどと判示しています。

     

    【東京地裁平成28年3月29日判決】

    原告らが、建物1階の電気子メーターが3階に、3階の電気子メーターが1階に接続されていることが隠れた瑕疵に当たると主張したのに対し、

    被告による建物に関する瑕疵担保責任の範囲は、売買契約の契約条項で「建物の雨漏り、シロアリの害、建物構造上主要な部位の木部の腐食、給排水管の故障の瑕疵」に限定されており、原告らの主張する電気子メーターの瑕疵については、同項所定の瑕疵に当たらないと判示しています。

     

    【東京地裁平成28年7月14日判決】

    建物の外壁に複数の爆裂が存在すること、ルーフバルコニー及び外壁斜壁周辺の防水機能が低下したことによる漏水、建物1階の排水管からの漏水、手すりの取付部分が緩んでいること、ベランダの水道管に腐食が発生していること、いずれについても、築23年の中古建物においては通常生じ得る経年劣化によるものと考えられるところであって、これが瑕疵に当たるとは認められない旨判示しています。

     

    【東京地裁平成26年5月23日判決】

    本件空調設備は、業務用エアコンの法定耐用年数である15年を大幅に超える約30年を経過し、現在、運転状況に特段の問題はないものの、老朽化が進んでおり、経年劣化により消費電力が増加し、また、新品時のような冷暖房効率は発揮できない上、近い将来正常に作動しなくなり、修理が必要となった場合には、もはや部品を調達できず、空調設備の交換を余儀なくされるおそれがあるといえる。

    しかしながら、本件各建物のように、新築から長期間が経過したテナントビルの売買においては、これに付帯する空調設備も相応の経年劣化があり、上記のような問題点が存することは、容易に想定し得るものである。

    また、原告代表者は、本件マンションに空調設備が存在することを認識していたものと認められるところ、本件全証拠によるも、本件売買において、被告が、原告に対し、本件マンションの空調設備について一定の品質・性能を保証したような事情を認めるに足りない。

    以上によれば、本件各建物が本件売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず、民法570条にいう瑕疵があるということはできないと判示しています。

  • qa

    2022.02.04

    【損害賠償】不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を、元本に組み入れることはできるか?

    遅延損害金

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    早速、タイトルへの回答ですが、「できない」と最高裁令和4年1月18日判決は、判示しましたので、ご紹介させていただきます。

     

    ■民法405条の趣旨


     

    同条には、「利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。」と定められています。

     

    これは、債務者において著しく利息の支払を延滞しているにもかかわらず、その延滞利息に対して利息を付すことができないとすれば、債権者は、利息を使用することができないため少なからぬ損害を受けることになることから、利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たものと解されています。

    そして、遅延損害金であっても、貸金債務の履行遅滞により生ずるものについては、その性質等に照らし、上記の趣旨が当てはまるということができるとされています(大審院昭和17年2月4日判決)。

     

    ■問題の所在


     

    では、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金についても、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることができるかが問題の所在です。

     

    ■不法行為に基づく損害賠償債務


     

    この点、最高裁令和4年1月18日判決は、次のように判示して、否定しました。

     

    不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから、債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできない。

    また、不法行為に基づく損害賠償債務については、何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており、上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。

    そうすると、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金については、民法405条の上記趣旨は妥当しないというべきである。

     

    したがって、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできないと解するのが相当である。

     

  • qa

    2022.02.02

    【建物賃貸借】借家の修繕義務を賃借人に負担させる特約の有効性

    建物の修繕

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    顧問先の不動産会社から、借家の設備が破損した場合の修繕義務を賃借人に負担される特約は有効か質問を受けました。

    民法第606条1項には「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」と定めれていますが、特約で、反対に賃借人に修繕義務を負担させることができるかという質問です。

     

    結論から申し上げると、修繕義務を賃借人に負担させる特約は、基本的に有効です。

     

    ちなみに、同条項但書には、「賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」と定められており、賃借人の故意・過失等により、修繕が必要になった場合には、特約がなくても、賃貸人は修繕義務を免れます。

     

    ■賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約の違い


     

    ところで、賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約とは、似ていますが、意味合いが少し異なります。

     

    前者の賃貸人修繕義務免除特約は、単に、賃貸人の修繕義務を免除するものにすぎず、賃借人に修繕義務や修繕費用を負担させる内容ではありません。

     

    これに対し、賃借人修繕負担特約は、積極的に、賃借人に修繕義務を負担させる特約です。

     

    この点に関連し、【最高裁昭和43年1月25日判決】は、次の通り、原判示の事実関係のもとにおいては、「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の特約の趣旨について、賃貸人修繕義務免除特約ではあるが、賃借人修繕負担特約ではないとしています。

    賃貸借契約書中に記載された「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の条項は、単に賃貸人民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず、賃借人が家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損個所を自己の費用で修繕し、家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとした原判決の判断は、正当である。

     

    ■裁判例


     

    【東京地裁平成27年8月26日判決】

    同判決は、「賃貸人と賃借人は、賃貸人の修繕等義務を免除する旨の特約を締結することができ、その場合、賃貸人は修繕等義務を免除されると解される。」とし、「本件物件の設備等の修理交換義務を賃貸人は一切負わない旨の特約が記載されている賃貸借契約書を示され、これに署名押印をしたこと」などから「トイレ及び台所の水回りの修繕並びにネズミの対策をする義務を免除されたと認めることができる。」と判示しています。

     

    なお、賃借人は、賃貸人が修繕等義務免除特約を主張することは権利濫用であると主張しましたが、「賃借人は本件物件を内覧したうえで本件賃貸借契約を締結していること及び本件物件の賃料が近傍の同面積の建物賃料に比して低廉であることからして、賃貸人が上記特約を主張することが権利濫用であるとまでは解することができない。」としてその主張を排斥しています。

     

    ■賃借人修繕負担特約が無効になる場合とは?


     

    【東京地裁平成25年12月19日判決】

    同判決は、「賃貸借契約においては、専用部分の修理は賃借人の負担とする旨の特約があるところ、

    専用部分である本件居室に係る必要費のうち、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用のようなものについては、賃借人の負担とする上記特約は直ちに信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができないが、他方、修繕費等のうち、例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、かつ、多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とすることは信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができ、そのような修繕費等につき賃借人の負担とする規定部分は消費者契約法10条によって無効とされるべきものということができる。」と判示しています。

     

    すなわち、

    ・(例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、)一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、

    かつ

    ・多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とする

    ような特約は、無効となります。

     

    もっとも、当該裁判例の事案では、ガス器具のリモコン操作部の修理費2万円の支出を含め、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用であって、しかもその金額も多額に及ぶといえるものでないことに照らすと、これらを賃借人の負担とする特約が無効であるということはできず、同特約により、これらの支出は賃借人が負担すべきものであると判示しています。

     

  • qa

    2022.01.28

    【企業法務】人材紹介において内定を取消した場合の紹介手数料請求を認めた事例

    人材紹介

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    当事務所には、顧問先の1つに人材紹介会社もありますが、人材紹介契約に関し、参考となる裁判例(東京地裁令和2年11月6日判決)がありましたので、ご紹介させていただきます。

     

    ■事案の概要


    人材派遣等を業とする原告が、病院等を経営する被告に対し、求職者Aを紹介しましたが、被告がAの採用内定後に内定を取り消したことから、この内定取消しは被告の都合によるものと主張して、かかる場合でも紹介手数料を支払うべきことを定めた人材紹介取引契約の条項に基づき、紹介手数料や遅延損害金の支払を求めた事案です。

     

    ■争点


    人材紹介契約(本件契約2条6項)には、被告は、内定通知を行いAがこれを受諾した後、「被告の都合」により内定を取り消した場合でも、原告に手数料を支払うものとする旨の条項が定められていたことから、内定取消が「被告の都合」に該当するか否かが争われました。

    この点、判決は、「本件契約3条1項が、専ら入職者の責めに帰すべき事由により退職した場合に限り返金を認めているところ、解雇により退職した場合には、法令に則った正当な解雇の場合に限っていることを踏まえると、客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認することができない内定取消しについては、本件契約2条6項にいう被告の都合による内定取消しに当たるものとして、紹介手数料の支払を免れないものと解するのが相当である。」と判示しました。

     

    要は、

    客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認できる内定取消の場合には、人材紹介料を払わなくても良いが、

    客観的に合理的で社会通念上も相当なものとして是認できない内定取消の場合には、人材紹介料を支払わなければならない

    と判示したのです。

     

    ■被告の主張


    上記争点について、被告は、次のように主張しました。

    被告が求めていた人材は、健診センターのチーフマネージャーであり、極めて重要な職位であるところ、Aは、履歴書返送時の送り状において、被告の名称も間違えていた。

    また、履歴書及び職務経歴書を確認してみたところ、現在の勤務先について齟齬、矛盾のある記載を見つけた。このように、Aが被告に提出した履歴書や職務経歴書には、本人しか確認しえない学歴、職歴について誤謬、虚偽、矛盾した標記が何か所にもわたって存在しており、一般常識人として求められる真面目さ、正確さの欠落した注意力散漫かつずさんな性格のみならず、論理的思考力の弱さ、思考回路の混乱の疑いが、内定予定後に一挙に露顕した。これを受けて、被告は、Aは、健診センターのチーフマネージャーとしての適格性を欠くと判断し、採用を見送ったものである。

    よって、内定を取り消したのは、専らAの過誤、過失に起因するものであって、被告の都合によって内定を取り消した場合に当たらない。

     

    ■裁判所の判断


    この被告の主張について、裁判所は次のように判断し、人材紹介料や遅延損害金の支払いを命じました。

    確かに、履歴書と職歴経歴書には、誤記や、齟齬・矛盾のある記載が認められる。しかしながら、年齢の記載、職歴欄と自己PR欄の齟齬は、Aが以前に使用した履歴書や職歴経歴書を上書きせずに使いまわしたことから生ずる誤記と推認でき、経歴を詐称しようとするなどの悪質な意図に出たものとは認められない。その他の誤記についても、注意力がやや欠落している点は否めないものの、単純な誤りであって、虚偽の経歴を意図的に記載したとまでは認めるに足りない。また、履歴書返送時の送り状の誤記についても、漢字の変換ミスにとどまるものである。

    そして、被告は、面接時には、すでに、履歴書と職務経歴書のうち、入学・卒業の各年度と年齢の記載に誤りがあることに気づいており、それ以外の誤記も、通常の注意をもって読めば、内定決定前に気づくことが十分可能であったといえる。

    そうすると、被告がAの採用内定を取り消した事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であったとはいえず、解約権留保の趣旨、目的に照らしてみたときに、被告の内定取消しが、客観的に合理的で社会通念上も相当なものとまではいえない。

  • qa

    2022.01.26

    【不動産・相続】使用貸借は借主の死亡により終了するか?

    使用貸借の相続

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    使用貸借とは、借主が無償で使用・収益して、契約が終了したときに変換する契約です(民法593条)。

     

    民法597条3項(旧民法599条)は借主の死亡を使用貸借の終了原因と定めています。

    その理由について、一般に、使用貸借は借主その人に重きを置く契約であり、貸主の借主に対する信頼関係に基づいて無償とされているから、使用借権は一身専属的権利であって相続になじまないものであるからと説明されています。

     

    そこで、借主が死亡した場合には、使用貸借が終了し、原則として、その権利は相続されません。

     

     

    ■例外的に、継続が認められる場合も


     

    もっとも、同条項は任意法規であり、特約によって同条の適用を排除することは可能です。

     

    そこで、借主が死亡しても使用貸借が終了しない旨の黙示の特約が認められたり、個々の事案において、借主側の居住利益を考慮した時、貸主による借主死亡を理由として借用物の返還請求が権利の濫用にあたるとして認められない場合もあります。

     

    学説や判例では、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては通常その目的に従った土地使用を終わるまで本条の適用を排除する黙示の合意があるとして特約の認定を緩やかにしたり、あるいは建物所有を目的とする土地の使用貸借については個人的考慮を重視する必要がないから同条の適用がないとして同条の適用を否定する考え方が有力とされています。

     

     

    ■土地に関する裁判例


     

    (終了を認めなかった裁判例)

    東京地裁平成5年9月14日判決

    同判決は、親族間の建物所有目的での土地の使用貸借について、「土地に関する使用貸借契約がその敷地上の建物を所有することを目的としている場合には、当事者間の個人的要素以上に敷地上の建物所有の目的が重視されるべきであって、特段の事情のない限り、建物所有の用途にしたがってその使用を終えたときに、その返還の時期が到来するものと解するのが相当であるから、借主が死亡したとしても、土地に関する使用貸借契約が当然に終了するということにはならないというべきである。」とし、

    当該土地の使用目的は原告の経営する企業のための工場の所有にあると認められるのであって、他に被告製作所の経営主体が原告ではなくなる等の特段の事情がない限り、当該土地の使用貸借契約も工場が存続している限りは存続しているものと解するのが相当である旨判示しています。

     

    東京地裁昭和56年3月12日判決

    同判決は、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては、土地の使用収益の必要は一般に当該地上建物の使用収益の必要がある限り存続するものであり、通常の意思解釈としても借主本人の死亡により当然にその必要性が失われ契約の目的を遂げ終るというものではないから、建物所有を目的とする土地の使用貸借につき、任意規定・補充規定である旧民法599条が当然に適用されるものではない旨判示しています。

     

    (終了を認めた裁判例)

    東京地裁平成3年5月9日判決

    同判決は、使用貸借の借主が死亡した事案ではありませんが、「使用収益の目的とは、使用貸借契約の無償契約性に鑑みて、建物の使用貸借における居住目的あるいは宅地の使用貸借における建物所有目的といった一般的、抽象的な使用、収益の態様ないし方法を意味するものではなく、当事者が当該契約を締結することによって実現しようとした個別的、具体的な動機ないし目的をいうものと解すべきである。」ということを前提としつつ、

    親Xと娘婿Yとの間の建物所有のための土地使用貸借契約は、XにおいてXの自宅を娘に相続させることを前提としあらかじめYおよびその家族がX夫婦と同一敷地内に居住しX夫婦の老後の面倒をみるなど親族として相互に援助しあうことを目的とするものであったが、娘の病死によって、その目的は遂に果すことができなくなり、またX夫婦とYとはこの事態に直面しての互いに相手の立場を思いやる配慮に欠けた言動の積み重ねによつて相互に不信を募らせ既にその間の信頼関係は破壊されてしまっているのであるから、XがYに対して土地を無償で使用させるべき実質的な理由はなくなったものというべきであって、旧民法597条2項但書の規定を類推適用してXのした解約の意思表示によって終了した旨判示しています。

     

     

    ■建物に関する裁判例


     

    最高裁平成8年12月17日判決

    「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。」と判示して、占有権原がないことを理由とした賃料相当額の損害賠償請求等を否定しています。

    その理由について、同判決は、「建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。」と判示しています。

     

    東京高裁平成13年4月18日判決

    同判決は、建物の使用貸借について、「旧民法599条は借主の死亡を使用貸借の終了原因としている。これは使用貸借関係が貸主と借主の特別な人的関係に基礎を置くものであることに由来する。しかし、本件のように貸主と借主との間に実親子同然の関係があり、貸主が借主の家族と長年同居してきたような場合、貸主と借主の家族との間には、貸主と借主本人との間と同様の特別な人的関係があるというべきであるから、このような場合に旧民法599条は適用されないものと解するのが相当である。」と判示して、使用借権の相続を認めています。

  • qa

    2022.01.12

    【企業法務】代表取締役を解職された場合、損害賠償請求できるか?

    代表取締役社長

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    取締役などの役員は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。理由のいかんを問いません。

     

    ただし、解任について正当な理由がない場合には、解任された取締役は、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償請求をすることができる旨が会社法に定められています(同条2項)。

    詳しくは、【取締役の解任】職務不適任を理由とする「正当な理由」の該当性をご参照ください。

     

    ■問題点


     

    それでは、取締役会において、代表取締役を解職された場合、任期の間、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額について、損害賠償請求できるのでしょうか?

     

    最近、このようなご相談を受けましたので、調べてみましたが、この点について解説をしている文献はあまり多くはなく、裁判例を1つ見つけました。

     

    法律上の根拠としては、会社と代表取締役とは委任の関係にあるところ(会社法330条)、民法651条2項は、委任においては、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、やむを得ない事由があったときを除き、相手方の損害を賠償しなければならない旨定めていることから、代表取締役の解職決議に民法651条の適用があり、同条2項に基づき損害賠償請求できるかが問題となります。

     

    ■富山地裁高岡支部平成31年4月17日判決


     

    当該判決は、次のように判示して、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額に関する損害賠償請求を否定しています。

     

    代表取締役の解職の手続に、委任解除の規定である民法651条が適用されるかは一つの問題ではあるが、仮にその適用があるとしても、同条2項における「相手方に不利な時期」とは、委任に係る事務処理自体との関連において不利な時期をいうものと解され、また、同項にいう損害とは、解除の時期の不当なことによる損害をいうものと解される。

     

    そして、報酬を支払う旨の約定のある有償の委任契約においては、解除により将来の報酬債権が生じないことは当然であって、委任は各当事者がいつでも解除することができるものである以上、受任者が将来得べかりし報酬は、当然には解除の時期の不当なことによる損害として上記損害に含まれるものではないというべきである。

     

    なお、当該訴訟において、原告は、代表取締役はその役職に伴う重責を背負いながら、他方で、いつ、いかなる理由であろうと解職され、報酬請求権を失うというのでは、代表取締役は極めて不安定な立場に置かれ、不当である旨主張していますが、この点について、当該判決は、次のように判示しています。

     

    明文上、代表取締役の報酬を保護する規定はないうえ、代表取締役が代表の地位を退き、これに伴う報酬の減額があったとしても、取締役としての地位を失うものではなく、これに対応する報酬請求権は得られるのであるから、著しく酷というものではなく、それが不当であるということはできない。

     

    ■会社法339条2項の類推適用


     

    もっとも、代表取締役を解職された場合にも、取締役が解任された場合の会社法339条2項の類推適用がされるか否かについては争いがあり、これを肯定し、正当な理由なく解職された代表取締役は会社に対し、損害賠償請求できるとする見解も存在します。

まずは相談することが
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